第120話 守るべき者
1944年6月4日
トラック環礁に対する4回目の空襲が始まったのは午後2時過ぎの事であった。
「体を張って戦ってくれている戦艦をこれ以上傷つける訳にはいかんな」
零戦の操縦桿を握っている日村林太郎飛曹長は眼前に見える戦艦「山城」を見つめた。
「山城」の艦上3カ所から火災煙が噴き上がっていた。先ほどの第3次空襲時に「山城」は直撃弾3発を喰らって中破していたのだ。
「守ってやるぞ」
日村は「山城」に呼びかけた。自らの艦体で持ってヘルダイバーの攻撃を吸収し、飛行場を死守している「山城」を自分が守らなければならないと日村は考えていたのだ。
日村機にF6Fが迫ってくる。
太い樽のような機体が2000馬力級のエンジンに引っ張られ、機銃弾をぶっ放しながら突っ込んでくる。
敵機が機銃弾を放つ直前、日村は操縦桿を左に傾けた。
零戦のスマートな機体が急旋回し、闘牛士のような身のこなしでF6Fの突進を躱す。
零戦はF6Fと比べて確かに総合性能では劣っていたが、その性能を十分に生かし切れるかも搭乗員次第だ。現に日村はこれまで、零戦を操ってF6F2機撃墜の戦果を挙げている。
F6Fの背後を取った日村は間髪入れずに20ミリ弾の発射ボタンを押した。
両翼からほとばしった20ミリ弾が狙い過たずF6Fに吸い込まれ、次の瞬間には機体を大きく傾けて日村の視界から消えている。
宙返り回転によって機体を水平に戻したとき、日村は「山城」に近づきつつあるヘルダイバーを認めた。
「やらせぬ!」
日村はヘルダイバーに機首を向け、エンジンをフル・スロットルに開いた。
日村機だけではない。
日村が確認できるだけでも他に3機の零戦、1機の飛燕がヘルダイバーに突進を開始していた。
数機のヘルダイバーが、操縦席の後ろに発射炎を閃かせ、細い火箭を飛ばしてくる。
おそらく7.7ミリ機銃であろうが、油断はできない。防御力が貧弱な零戦では数発の被弾でもそれが命取りになりかねない。
日村は両翼を上下に揺らして射弾を悉く回避し、ヘルダイバーの後ろ上方を占位した。
日村機の接近に気づいたヘルダイバーが機体を揺らして翻弄させようとしてきたが、時既に遅し。
零戦から放たれた7.7ミリ弾が突き刺さり、ヘルダイバーの水平尾翼をもぎ取っている。
そして、大きくグラついたヘルダイバーに日村は続けざまに20ミリ弾を撃ち込んだ。
火花が散り、ジュラルミンの破片が空中に散乱し、コックピットに赤い霧が舞った。
墜落し始めたヘルダイバーとは対照的に、健全なヘルダイバーは日村機との距離を突き放し、「山城」を肉迫にする。
「山城」が転舵を開始する。
「山城」の艦首が右に振られたのと同時に、おびただしい数の火箭が突き上がり、ヘルダイバー1番機を木っ端微塵に粉砕した。
「山城」艦長篠田勝清大佐は転舵と同時に対空射撃の開始を命じたのだろう。
日村は「山城」を凝視した。
ヘルダイバーは尚も迫り、高度800メートル付近で順次、投弾を開始した。
機体の引き起こしをかけたヘルダイバー1機に火箭が突き刺さり、その機体が海面に叩きつけられた直後、1000ポンド爆弾の弾着が始まった。
「山城」の艦橋の高さを遙かに超える長大な水柱が1本、2本と突き上がり、艦影を覆い隠す。
「・・・!!!」
水柱の迫力を見た日村は「山城」が大損害を受けることを覚悟したが、水柱が晴れるのと同時に「山城」が健全な姿を現す。
「よし!」
「山城」の奮戦に触発されたかのように日村は新たなヘルダイバーの編隊に向かって突進していった。
ヘルダイバーを守るべく2機のF6Fが間に割り込んできたが、日村はかまわず20ミリ弾をぶっ放した。
日村機の動きに驚いたF6Fが急降下によって離脱してゆき、ヘルダイバーまでの道が開ける。
日村機より早く1機の鍾馗がヘルダイバー1機に取り付き、火箭を放った。
ヘルダイバーの緊密な編隊形が大きく崩される。
そこに日村機が切り込む。
日村機が放った射弾はヘルダイバーの2番機に命中した。
主翼が叩き折られたヘルダイバーが揚力を失って墜落してゆき、その仇を取るべく1機のF6Fが再び日村機に接近してくる。
日村はF6Fを相手にしない。
ヘルダイバーは数を減らしながらも「山城」を肉迫にしてきているのだ。ヘルダイバーが「山城」への投弾を開始する前に1機でも、2機でも墜とさなければならなかった。
日村はヘルダイバー1機を照準器の白い環の中に捉えたが、日村が機銃の発射ボタンを押す前に敵機が機体を翻した。
「くっ・・・!!!」
日村は歯ぎしりした。またしてもヘルダイバーを完全に防ぎきる事ができなかったのである。
後は「山城」の奮戦に期待するしかなかった・・・
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2022年3月15日 霊凰より
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