第118話 環礁内の戦艦
1944年6月4日
40分後、再び100機以上の米軍機がトラック環礁に進撃してきた。
第1次空襲と同じく、F6Fとヘルダイバーで構成されているようだが、比率はF6Fの方が多いように思われる。
多数のF6Fによって日本側の戦闘機を排除して、制空権を確保しようという腹づもりであろう。
「次はこっちにもくるな」
春島の湾口に布陣している戦艦「伊勢」の艦上で第2戦隊司令長官松田千秋少将は冷静ながらも闘気に満ちた声で呟いた。
伊勢型戦艦とその準同型艦の扶桑型戦艦には1943年の中頃より相次いで対空火力増強を目的とした改修工事が行われた。
副砲として装備されていた四一式14センチ単装砲16門、25ミリ連装機銃10基は全廃され、その変わりに八九式12.7センチ連装高角砲4基8門、25ミリ3連装機銃31基、同単装機銃11挺が増設されたのだ。
その他にも、対空用として二号一型電探1基、対水上用として二号二型電探2基が装備され、新時代の戦艦として生まれ変わったのである。
この4隻の戦艦は全てトラック環礁に展開しており、1隻の戦艦が1カ所の飛行場を守るように配置されていた。
泊地防御という任務は、艦隊決戦を主眼に置いて建造された戦艦という艦種にとっては不本意な任務ではあったが、今はこれまでの戦いで培った経験を生かして敵機の阻止に努めようと松田は心に決めていた。
「味方機、敵機と交戦中!」
見張り長田沼芳吉大尉が報告し、松田も双眼鏡越しに空中戦の戦場を確認する。
巨大な編隊の周りを細いスマートな機体が飛行機雲をなびかせながらハエのように纏わり付いている。11航艦の零戦隊が環礁外で敵機を押しとどめるべく奮戦しているのだろう。
しばらくした後、敵編隊の頭上から多数の黒い影が降ってきた。
海軍機だけでは敵機を阻止しきれぬと見た陸軍航空隊が迎撃戦を開始したのだ。
陸軍航空隊の装備機は3式戦闘機「飛燕」、2式戦闘機「鍾馗」。
両機共に零戦よりも優秀だと目されている機体であり、飛燕に至ってはF6Fすらも凌駕するとの噂もあった。
それらの機体が迎撃に加わり、空戦は途端に混戦模様となった。
「主砲、三式弾の装填は完了しているな?」
「ご命令あり次第発射できます」
中瀬泝「伊勢」艦長が確認を求め、砲術長飯田都志中佐が即座に応答した。
「伊勢」に装備されている6基の36センチ主砲は仰角を目一杯掲げている。
各砲塔では分隊長達が発射の時期を今か今かと待ちわびている事であろう。
「敵降爆、本艦に接近してきま・・・」
「砲撃始め!」
田沼見張り長の報告を中瀬の声が打ち消し、一拍置いて「伊勢」の艦上6カ所にめくるめく閃光が走った。
「伊勢」にとっては2年前の第2次珊瑚海海戦以来の主砲発射であり、その衝撃は基準排水量35350トンの巨体を震わせるのには十分であった。
この戦争が開戦してから46センチ砲装備の大和型戦艦が相次いで戦列に加わったが、老雄「伊勢」は自分の存在を示すかのようにトラック環礁泊地で咆哮を上げたのである。
中瀬には「伊勢」の第1射と前後して、遠方からもかすかに砲声が聞こえてきた気がした。「日向」か「扶桑」か「山城」いずれかの艦が時を同じくして主砲を発射したのかもしれなかった。
数十秒後、ヘルダイバー1機の頭上で直径36センチの三式弾が炸裂し、1機のヘルダイバーが跡形もなく消滅した。
更に、高速で飛び散った焼夷硫酸弾、弾片が2機のヘルダイバーを傷つけ、投弾コースから落伍させた。落伍したヘルダイバーの内、1機は苦し紛れに投弾していったが、そのような状態で投弾された爆弾など何ほどの脅威にもならなかった。
「飛燕!」
「伊勢」の艦上で歓声が沸き起こった。
三式弾の炸裂によって大幅に陣形を乱されたヘルダイバーの編隊に果敢に切り込んでいったのだ。飛燕隊は先ほどまでの第1次迎撃で損耗し、数も撃ち減らされていたが、「伊勢」乗員にはこの上なく頼もしい存在に映った事であろう。
細長い火箭がヘルダイバー1機の胴体を貫き、その隣を飛行していたヘルダイバーもエンジンに射弾を叩き込まれる。
ヘルダイバー2機を撃墜した飛燕は高らかなエンジン音を轟かせながら上昇してゆく。
「高角砲射撃開始!」
全ての飛燕が射界から消えた事を確認した飯田が残りのヘルダイバーを一掃すべく高角砲の射撃開始を命じた。
「伊勢」の両舷が真っ赤に染まり、テンポの良い音と共に高角砲弾が発射され始めた。
12.7センチという口径は主砲の36センチと比較すると些か見劣りがするように感じられるが、12基が一斉に砲撃した時の砲声は馬鹿にならない。
第1射が放たれ5秒後に第2射、更に5秒後に第3射が放たれる。
ヘルダイバー1機が燃料タンクを破壊されて爆散し、更にもう1機が墜落していく。
・・・
約10分後、米軍の第2次攻撃隊がトラック環礁から離脱しつつあったが、「伊勢」は無傷を保っていたのだった・・・
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2022年3月13日 霊凰より
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