第117話 燕

1944年6月4日


「来たな」


 飛行第64戦隊、俗に言う「加藤隼戦闘機隊」第1中隊長中村三郎大尉は正面を見据えながら呟いた。


 64戦隊はもっぱらミャンマーで米軍のB17、B24といった機体と迎撃戦を繰り広げていた部隊であり、空母艦載機とやり合うのは始めてだ。


 敵編隊は11航艦の零戦と渡り合いながらトラック環礁に接近してきている。


 頃合いよし、そう考えた中村は膝下21機の三式戦闘機「飛燕」にバンクによって合図を送った。


 動き出したのは64戦隊だけではない。


 「鍾馗」装備の飛行第21戦隊もほぼ同時に突撃を開始した。


 64戦隊は戦力22機、21戦隊は戦力18機と数は少なかったが、それを操る搭乗員には一騎当千の猛者が集められており、出撃前の打ち合わせでは、「敵機を1機たりともトラックの上空には侵入させない。そうなる前に全機を撃墜するぞ!」と中村は部下を鼓舞していた。


 敵は、緊密な編隊形を保っているのが半数、ばらけているのが半数といった所だ。


 海軍の零戦隊がある程度切り崩してくれたのだろう。


 飛燕隊、鍾馗隊が散開する。


 中村も第1小隊を率いて真ん中の梯団のヘルダイバーに狙いを定める。


 ヘルダイバーの周囲を固めていたF6Fが第1小隊の真っ正面から突っ込んでくる。


 本能的に中村が左旋回をかけたのと、F6Fの機銃が閃いたのはほぼ同時であった。


 おびただしい数の曳痕が飛燕のすぐ側を通過してゆき、虚空へと消える。


「んんっ!!」


 中村は歯を食いしばり、呻き声を漏らした。


 飛燕の最高速度は時速590キロメートル。機種転換前に乗っていた「隼」よりも時速50キロメートル以上優速であり、その分操縦桿が重くなっているのである。


 中村機は敵編隊の後ろ上方を占位した。


 第1小隊の他の機体に合図を送り、中村は飛燕のエンジン・スロットルをフルに開いて再び突撃を開始した。


 ヘルダイバーの機影が見る見るうちに膨れ上がる。


 ヘルダイバーの後席から火箭が噴き伸び、中村機に殺到してくるが、中村はそれを無視するかのようにヘルダイバーとの距離を詰め、飛燕自慢のホ103 12.7ミリ機関砲4挺の発射ボタンを押し込んだ。


 零戦の20ミリ弾のそれよりも遙かに直進性に優れた機銃弾が敵機から放たれる機銃弾を弾き飛ばすように突き進み、狙い過たず最後尾のヘルダイバーに突き刺さった。


 戦果を確認する間もなく、中村は離脱する。


 そしてこの頃には第1小隊の他の3機も戦果を挙げている。ヘルダイバー1機が墜落しつつあり、更に1機のヘルダイバーが機体を大きくぐらつかせつつ戦場から離脱しようとしていた。


 中村はバックミラー越しに機影を察知した。


 F6Fがヘルダイバーの仇を取らんと第1小隊に襲いかかってきたのだ。


 そのF6Fに20ミリ弾の真っ赤な図太い火箭が命中した。


 海軍の零戦が中村機を襲おうとしていたF6Fに機銃弾を叩き込んだのだ。


「有り難う、海軍さん!」


 中村は零戦の搭乗員に向かって敬礼し、零戦の搭乗員が答礼してくれた。


「まだまだ!」


 中村機はヘルダイバーの背後から突進する。


 両翼からほとばしった12.7ミリ弾がヘルダイバーの旋回機銃を沈黙させ、次の1連射で風防を撃ち砕く。


 主翼にも数発の12.7ミリ弾が命中し、その主翼は後方に折れ曲がり、付け根付近から引きちぎられて、後方へと吹っ飛んだ。


 一瞬にして揚力を喪失したヘルダイバーは、錐もみ状に回転しながら墜落していった。


 中村が1機撃墜、1機撃破の戦果を挙げた時には、他の飛燕、鍾馗も戦果を挙げている。


 燃料タンクに命中した鍾馗の射弾がヘルダイバー1機を爆砕し、一撃離脱戦法によってF6Fに引導を渡す飛燕もいる。


 飛燕・鍾馗から機銃弾が発射される度にF6F、ヘルダイバーは火を噴いてゆき、今やその機数は半数程度にまで激減していた。


 明らかに日本側が優勢である。


 海上からは何十条もの黒煙が噴き伸びており、空を黒く焦がしていた。


 無論、日本側も無傷では済まない。


 既に飛燕は3機、鍾馗は2機撃墜されており、それとほぼ同数の機体が戦場からの離脱を余儀なくされていた。


 空中戦の戦場はトラック環礁上空に移動しつつある。


 ヘルダイバーの動きを見るに、米軍はこの第1次攻撃隊で海軍が使用している春島飛行場を叩こうとしているようだ。


「やらせぬ!」


 中村は降下を開始しているヘルダイバー群の1番機に横殴りの一撃を仕掛けた。


 中村機だけではない。


 空戦途中から離ればなれになっていた第1小隊の他の3機や第2中隊、第3中隊の飛燕もトラック環礁の上空に集まってきた。


 ヘルダイバー3機が立て続けに火を噴き、被弾した1機の飛燕がそのまま1機のヘルダイバーを道連れにする。


 これが第1次迎撃の幕切れであった・・・


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2022年3月12日 霊凰より















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