第113話 新型軽巡「矢矧」

1944年6月4日



 第3艦隊に対する1回目の空襲が始まろうとしていた。


 推定160機と思われる敵編隊が零戦と銃火を交わしながら接近してくる様は、第3艦隊所属の八空母の艦上からも視認することができた。


「艦長より砲術。敵機が射程距離に入り次第、射撃開始せよ」


「宜候。敵機が射程距離に入り次第、射撃開始します」


 軽巡「矢矧」艦長吉村真武大佐が命令し、射撃指揮所に詰めている田沢林太郎中佐が即座に復唱した。


 「矢矧」は二等巡洋艦阿賀野型の3番艦である。


 このクラスは当初、水雷戦隊の旗艦としての運用が考えられていたものの、防空巡洋艦として大幅に設計が変更されたクラスだ。


 魚雷発射管と航空兵装は全廃され、艦の後部には21号電探、22号電探、13号電探が装備された。


 兵装は、65口径10センチ連装高角砲6基12門、7.6センチ連装高角砲2基4門、25ミリ3連装機銃12基36挺、同単装機銃16挺であり、針鼠さながらの外見を擁している。


 直衛機は敵編隊を完全に阻止しきることはできず、輪形陣の前方に複数の発射炎が閃き、空中に爆煙が湧き出す。


 第41駆逐隊「秋月」「照月」「涼月」「初月」――――4隻の防空駆逐艦が一斉に砲門を開き、対空射撃を開始したのだ。


 10センチ砲弾が第1射、2秒後に第2射、4秒後に第3射と矢継ぎ早に発射され、ヘルダイバー3機が立て続けに火を噴く。


「敵3機撃墜!」


 見張り員が報告を挙げ、ほぼ同時に多数の敵機が輪形陣の内部に侵入してきた。


「目標、右40度の敵機、砲撃始め!」


 田沢が各分隊長に命令し、一拍置いて10センチ連装高角砲から発射炎がほとばしった。


 腹の底まで堪えるような砲声が轟き、流星の勢いで10センチ砲弾が飛翔してゆく。


「敵1機撃墜! また1機撃墜!」


 報告が挙がり、「矢矧」の脇を抜けようとするヘルダイバーに対して、後部に装備されている10センチ連装高角砲、7.6センチ高角砲が火を噴く。


 ヘルダイバーに追いすがるように砲弾が炸裂し、撒き散らされる弾片にエンジンを傷つけられた1機のヘルダイバーが墜落していく。


 「矢矧」の射程外に脱した機体に狙われたのは第3航空戦隊「大鳳」であった。


 「大鳳」に接近してくるヘルダイバー群に対して、第71駆逐隊の陽炎型駆逐艦4隻が12.7センチ砲弾をぶち込み、更に2機が黒煙を噴き出して落伍したところで、残りのヘルダイバーが一斉に機体を翻した。


「敵10機以上、『大鳳』に急降下!」


 急降下するヘルダイバーの周囲で立て続けに爆発が起こる。


 「大鳳」に装備されている10センチ連装高角砲6基、25ミリ三連装機銃17基51挺、同単装機銃25挺が自らを守るべく射撃を開始したのだ。


 主翼をもぎ取られたヘルダイバーが投弾コースからずれ、続いてもう1機のヘルダイバーが粉砕さた所で、「大鳳」が転舵を開始した。


 「大鳳」は基準排水量29300トンと帝国海軍の空母では「加賀」に次ぐ巨躯を持つ艦ではあったが、鈍重さは全く感じられない。ヘルダイバーの投弾を回避すべく左へ左へと回転していく。


 多数の弾幕を切り抜けて「大鳳」を肉迫にするヘルダイバーに対して、多数の白煙がつかみかかるように伸び上がった。


 海軍とっておきの新兵器である28連装奮進砲から28発の小型ロケット弾が放たれたのだ。


 この兵器はまだ試作段階の代物であるため、今回は2基が装備されているのみであったが、それでも「矢矧」の艦上から見る限りでは、有効な弾幕を形成しているように見えた。


 奮進砲が直接的な戦果を挙げる事はなかったが、突然のロケット弾に狼狽したヘルダイバーが即座に機体の引き起こしにかかる。


 投弾高度1000メートルであり、及び腰の投弾と言わざるを得ない。


 引き起こしをかけるヘルダイバー1機に火箭が突き刺さり、海面に叩きつけられた直後、爆弾の着弾が始まった。


 多数の水柱が奔騰し、急速転回する「大鳳」の艦体を覆い隠す。


「・・・!!!」


 「大鳳」は従来の空母とは違い、飛行甲板に装甲が張り巡らされているため、降爆に対する防御力が非常に高いが、その事が分かっていたとしても不安になる光景であった。


 「大鳳」が健全な姿を現す。


 飛行甲板が陥没している事も、黒煙が噴き上がっていることもない。


 「大鳳」は無傷である。菊池朝三「大鳳」艦長の操艦によって敵弾を回避したのか、装甲が敵弾を弾き返したのかは分からなかったが、「大鳳」は一先ず、危機を脱したのだ。


 だが、狙われているのは「大鳳」だけではなかった。


 第2航空戦隊の「飛龍」の上空にもヘルダイバーが接近しつつあり、「蒼龍」には魚雷を搭載したアベンジャーが接近しつつあった。


 まだ攻撃機は半数程度残っているようであり、ここからが正念場であった。



 硫黄島から発進した80機の戦闘機隊が第3艦隊の上空に到達しつつあった。


 海上では8隻の空母が回避運動を行っているのが確認でき、多数の高角砲弾、機銃弾が空を黒く染めている。


「さあ、いくか」


 搭乗員の誰かが呟いた。


 80機の戦闘機が次々に機体を加速させ、突撃を開始したのだった。




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