第112話 新型艦攻「天山」

1944年6月4日


 日本側7空母から発艦した第2次攻撃隊が敵部隊を発見するのに手間はかからなかった。


 水平線上の向こうに、上空に立ち昇る複数の火災煙が確認されたのだ。


「妙だな」


 「翔鶴」艦攻隊隊長村田重治中佐は、周囲の見渡しながら呟いた。


 第2次攻撃隊が敵機動部隊に接近しつつあるのにも関わらず、迎撃のF6Fが1機も出現してこない。


 第1次攻撃隊には零戦70機が随伴していたが、彼らが敵艦隊上空のF6Fを全て排除できたとは思えない。


 F6Fはどこかに隠れているはずである――――2年前の珊瑚海海戦から最前線で戦い続けているベテランの村田の勘が警報を鳴らしていた。


 村田の勘は程なくして当たった。


「右上方、敵機!」


 「蒼龍」艦戦隊隊長二宮淳少佐が操る零戦61型がバンクし、その上空からおびただしい火箭が流星群のように降り注いだ。


 二宮機は、自分の命と引き換えに敵機の出現を知らせた形となり、中部太平洋の海へと散華していった。


 二宮機の他にも2機の零戦が敵弾に貫かれていた。


 他の零戦が次々に機首を上向けて反撃に移る。


 零戦隊が反撃に移る傍ら、艦攻隊は、互いに距離を詰め、密集隊形を作る。


 天山の装備は前身の97艦攻と比較すると火力が増強されてはいたが、それでも7.7ミリ機銃が3丁のみだ。零戦を凌駕するF6Fに対しては弾幕射撃で対抗する他ない。


 右上方では、既に零戦とF6Fとの熾烈な戦いが始まっている。


 真正面から猛速で突っ込んでくるF6Fに対して、零戦は様々な空戦テクニックを駆使してF6Fの背後に回り込む。


 後方から7.7ミリ弾を撃ち込まれたF6Fはぐらつきつつ離脱していき、20ミリ弾を撃ち込まれたF6Fに至っては、燃料が引火してその場で爆散する。


 零戦隊も無傷では済まない。


 小回り回転が思いのほか大回りになってしまい、その隙を衝かれて12.7ミリ弾を撃ち込まれる32型がいるかと思えば、胴や翼を切り刻まれる61型もいる。


 多数の飛行機雲が交差し、絡み合い、複雑な文様を描き出す。


 数機のF6Fが艦攻に向かってくるが、それに対して艦攻隊とつかず離れずの位置を保っていた零戦が機体を翻し、突進していく。


 艦攻隊の周りでも多数の火箭が噴き伸び、不運にも流れ弾が命中し、黒煙を噴き上げる天山もある。


 遂に天山にも墜落機が出始める。


 「翔鶴」隊の天山1機が撃墜され、同じ1航戦の「加賀」の艦攻隊の天山も2機が立て続けに撃墜される。


「敵空母4隻発見! でかいのが2隻、小さいのが2隻だ!」


 天山の1機が敵空母4隻を発見し、海面を注視していくと、確かに平べったい艦上構造物を持つ艦艇が4隻確認できる。


「当然狙うのはでかい奴だ」


 村田は狙いを黒煙を盛大に噴き上げている敵空母2番艦に定めた。


 攻撃隊指揮官機より「全軍突撃せよ」との力強い命令が飛び、村田は天山の機体を巡航速度から徐々に加速させていく。


 重量800キロの91式魚雷を搭載している天山と海面との距離が縮まっていき、敵艦隊からの対空射撃が開始される。


「村田1番より全機へ。『翔鶴』隊全機海面に貼り付け!」


 村田が命令を発し、「翔鶴」隊の前後左右を包み込むように、火焔が踊り、黒煙は湧く。


 弾片が飛び散り、風防を覆い隠し、機体に叩きつけられ、打撃音が響く。


「・・・!!!」


 村田も第1次攻撃隊の「彗星」搭乗員と同様、米艦隊の対空砲火の凄まじさに息を飲んだ。


 鬼のような弾量であり、海面が真っ白に覆い尽くされんばかりの勢いである。


 鈍足の天山など敵空母に到達する前に全機撃墜されてしまうのではないか、そういう考えが一瞬、村田の脳裏を掠めた。


 「加賀」隊の1機が海面に滑り込み、爆風に煽られた「翔鶴」隊の1機が機体の制御を失って海面に激突する。


 乱れ飛ぶ火箭の先に2隻の駆逐艦が確認でき、村田は天山を操り、その2隻の間から輪形陣の内部に侵入した。


 前方から迫ってきていた火箭が、今度は後方から追いすがってくる。


「本隊残存6機!」


「十分だ」


 偵察員の大熊真二郎少尉が残存機数の報告を挙げる。


 敵空母4隻は既に艦首に荒波を蹴立てて回避運動を開始していた。


「・・・!!」


 村田は目を見開いた。


 村田が狙いを定めている敵空母2番艦の右舷側に1本の水柱が奔騰したのだ。


 既に投雷を終えた他の天山隊から放たれた魚雷1本が敵空母の柔らかい舷側を喰い破ったのである。


「敵空母18ノット!」


「沈めるぞ」


 敵空母の動きの変化を知った村田は天山の針路を修正する。


「て――――!」


 渾身の叫びと共に、投下レバーを引いた。


 重量物を切り離した影響で、天山が僅かに持ち上がり、村田は操縦桿を前に倒す事によってそれを修正した。


 投雷を終えた天山は我先へと離脱していく。


 村田機が輪形陣の外部に脱出したとき、戦果が判明した。


「水柱1本確認!」


「・・・1本か」


 大熊から戦果を知らされた村田は微妙な表情となった。


 合計命中雷数2本ではエセックス級の正規空母を撃破することはできても、撃沈まで至る事はできない。


 他の天山隊も現在、雷撃中であろうが、乱れ飛ぶ火箭に視界を遮られてこれ以上の戦果確認は困難であった・・・










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