第111話 ヘルダイバー投弾
1944年6月4日
TF5.2に所属する正規空母「バンカー・ヒル」「イントレピッド」、軽空母「カウペンス」「モンテレー」から発進したのは、TF5.1の攻撃隊が離脱した僅か5分後の事であった。
「正面よりジーク! 50機以上!」
「『リーダー』より全機へ。機体間隔を極限まで縮めろ!」
機上レシーバー越しに飛び込んできたF6F搭乗員からの報告に対して、「カウペンス」爆撃隊隊長ケリー・ジョナサン少佐は躊躇なく命令を下した。
ジョナサンの命令にしたがってヘルダイバーが距離を縮め始めた時、攻撃隊に随伴していたF6Fの半数が動いた。
ジークの初期型に搭載されていた「サカエ」エンジンのそれに倍する2000馬力エンジンを高らかに轟かせながら、機首を次々に上向ける。
ジークが次々に降下してくる。
米海軍にF6F、ヘルダイバーという新鋭機が投入された1944年現在、ジークは些か旧式化している機体というイメージがあったが、それでも鈍重な艦爆にとっては死に神にも等しい存在である。
決して油断できる相手ではなかった。
射弾を放ったのは両者ほぼ同時であった。
F6Fが12.7ミリ弾をぶちまけんばかりの勢いで放ち、ジークの両翼からは12.7ミリ弾の火箭のそれよりも太い20ミリ弾の火箭が噴き伸びた。
F6Fとジークが相対速度1000キロ以上の猛速ですれ違った時、空中の数カ所でほぼ同時に爆発が起り、何条もの白煙が海面へと噴き伸びていった。
12.7ミリ弾がジークの機体を貫き、粉砕したのだ。
F6Fも無傷では済まない。
エンジンに一撃を貰ったF6Fがその推進力を失い、機体の尾部や片方の主翼から黒煙を噴き出す機体もチラホラと確認できる。
「・・・来るか!」
F6Fとの正面からの撃ち合いを生き残ったジークが次々にヘルダイバー群に向かって突進してくる。
狙われているのは「カウペンス」爆撃隊だけではない。500メートル程東の空域を飛行している「イントレピッド」爆撃隊にも多数のジークが接近しつつある。
ジョナサンが機首に2丁装備されている20ミリ機銃の発射ボタンを押した。
艦爆から放たれた大型口径機銃に仰天したのか、ジョナサン機から放たれた20ミリ弾は虚空を貫くが、ジ-クから放たれた射弾もジョナサン機を捉えることはない。
「2機被弾!」
偵察員席に座っているトニー・ブラウン中尉が悲鳴混じりの報告を挙げる。
「くそったれ!」
ジョナサンは罵声を漏らした。たった一度のジークとの交錯で、「カウペンス」爆撃隊は2割の戦力を喪失してしまったのだ。
後部座席から発射音が聞こえてきた。
ブラウンが離脱していくジークに対して12.7ミリ旋回機銃を放っているのだ。
勇ましい反撃であったが、旋回機銃の命中率の悪さを考慮すると、ジークを撃墜できたということはないだろう。
2機のジークが横殴りに仕掛けてくる。
「ハリス機被弾!」
ブラウンが再び悲報を報告する。
「・・・ハリスもやられたか」
「カウペンス」爆撃隊2番機を務めていたハリス大尉を機長とする機体は、1年前のラバウル沖海戦で日本海軍正規空母「ズイカク」に対して魚雷を命中させている。
そんなベテランの操る機体が、ジークの20ミリ弾によってあっさりと、投弾前に撃墜されてしまったのである。
「後方よりジーク!」
先ほど撃ち合ったジークが次々に上昇して追いすがってくる。
「弾幕射撃だ! ジークを近寄らせるな!」
ブラウンからの報告に対してジョナサンは機上レシーバーに怒鳴りつけた。
「F6F!」
距離を縮めつつあったヘルダイバーとジークの間にF6Fの1個小隊が割り込んできた。
ジークの搭乗員が得意の小回り回転によってF6Fを巧みに躱そうとするが、F6Fはヘルダイバーを守る城壁のように立ち塞がり、ジークの接近を許さない。
F6Fから放たれた12.7ミリ弾がジークの片翼に命中し、風圧に耐えかねて折れ飛ぶ。
「・・・!!!」
次の瞬間、凄まじい光景を見たジョナサンは思わず息を飲んだ。
翼を失ったジークが抵抗力の減少によって加速し、そのまま、正面のF6Fに激突したのだ。
何としても艦隊にヘルダイバーを近づけまいとする、ジークの搭乗員の気迫を感じさせるような光景であった。
そしてこのタイミングで敵艦隊の姿が見えてきた。
空母3隻を中心に配し、その周りを多数の艦艇で固めた輪形陣だ。
ジョナサンはヘルダイバーの機首をジークに向けた。
ジークの火箭がジョナサンを掠めた。もう少し弾道がずれていれば、確実にジョナサンはヴァルハラへと召されていた事確実であった。
ジョナサンが反撃の射弾を放ち、見事にジーク1機の風防を粉々に粉砕する。
風防を撃ち抜かれたジークは搭乗員席を血の泥濘に変え、高度を落としていく。
ジークが一斉に離脱していき、変わりに敵の戦艦、巡洋艦、駆逐艦から放たれる対空砲火が爆撃隊を迎い入れる。
ジョナサンは操縦桿を前に倒して、後続の機体のジョナサン機の動きに追随する。
「カウペンス」爆撃隊はこれまでの進撃で4機を失ってしまっていたが、残り6機いれば十分であった。
狙いは敵空母1番艦だ。飛行甲板の大きさから判断するとおそらく軽空母であろうが、えり好みしている場合ではなかった。
敵空母1番艦に2本の火柱が噴き上がったのは1分後の事であった・・・
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