第110話 前衛部隊
1944年6月4日
「発艦始め!」
直衛専任艦として格納庫内に零戦を満載していた第5航空戦隊「千歳」「千代田」「瑞鳳」の発着指揮所に、飛行長の命令が飛んだ。
飛行甲板に待機していた零戦が待ってましたと言わんばかりに1機、また1機と発艦していき、三空母計54機の零戦が蒼空へと飛翔していった。
「直衛機の1.5倍といった所か」
帝国海軍最新鋭戦艦「武蔵」の防空指揮所で、朝倉豊次艦長は敵編隊の動きを注意深く観察していた。
来襲してきている敵機80機の内、F6Fは半数の40機程度だと考えられるが、F6Fと零戦の性能差を考えると全く楽観視は出来なかった。
零戦が攻撃機を取り逃がした場合には、「武蔵」を始めとする各艦の対空砲火によって敵機を阻止する他ない。
上空では早くも戦闘機同士の戦いが始まっていた。
互いに敵機を1機でも多く叩き落とすべく機銃弾を乱射し、被弾・損傷した機体が1機、2機と海面に向かって墜落していく。
多数の零戦に取り付かれているにも関わらず、空戦の戦場は前衛部隊に近づいてきている。
何としても日本艦隊を叩きのめすという強大な意志を感じさる動きであった。
直衛機は敵機を阻止しきれていない。
「武蔵」の主砲塔が敵編隊の動きに合わせて旋回していき、大仰角を取る。
「砲撃始め!」
朝倉が主砲の一斉斉射を命じ、ブザーが鳴り止むのと同時に9発の46センチ砲弾が敵編隊に向けて発射された。
「武蔵」に続いて「大和」「長門」「陸奥」「霧島」「比叡」が三式弾の斉射を敢行し、多数の巨弾が流星の勢いで飛翔していく。
約40秒後、敵編隊の頭上で、巨大な閃光が2回連続で閃き、おびただしい数の焼夷硫酸弾と弾片が敵機を搦め捕るべく降りかかった。
3機の敵機が即座に消滅したのが確認され、それに倍する機体が編隊から離脱していくのが確認される。
「武蔵」が発射した三式弾は10機前後の敵機を無効化することに成功したのだ。
続けて「大和」「長門」「陸奥」「霧島」「比叡」の5戦艦が放った三式弾が相次いで炸裂したが、こちらの戦果は0である。
最初の三式弾の炸裂直後、敵編隊が一斉に散開したからである。
「高角砲、射撃開始!」
「武蔵」は近年の航空機の脅威の増大に対応して対空砲火の大幅な強化が図られていた。
新造時に取り付けられていた15.5センチ(60口径)砲3連装4基12門は全て撤去され、その空いたスペースに12.7センチ(40口径)連装高角砲6基12門が新たに増設されたのである。
新造時より倍加した高角砲が一斉に火を噴き、紅色の防壁を形成する。
高角砲の砲門を開いたのは「武蔵」だけではない。第8戦隊の「青葉」「衣笠」、第5戦隊の「鳥海」「摩耶」も対空射撃を開始する。
上空では12.7センチ砲弾が炸裂し始め、高度4000メートル上空に黒い爆煙が漂い流れる。
煙が消滅するよりも早く、新たな爆煙が湧きだし、空が真っ黒に包まれる。
陽炎型駆逐艦や軽巡の射弾も大型艦の射撃に負けじとばかりに炸裂する。
「敵2機撃墜! 更に2機撃墜!」
砲声の間を縫って見張り員が戦果を伝え、「武蔵」の12.7センチ連装高角砲は旋回しながら敵機の動きに追随する。
「またも1機撃墜!」
敵機の真っ正面、あるいは左右に弾片が飛び散り、このタイミングでおびただしい数の細長い火箭が突き上がり始めた。
帝国海軍一の装備量を誇る25ミリ3連装機銃35基105門が射程距離に敵機を捉えたと判断して射撃を開始したのだ。
機銃弾の火箭が1機のヘルダイバーに突き刺さり、海面付近を進撃していたアベンジャー1機がエンジンを貫かれて海面に叩きつけられる。
「敵機、『千代田』に接近!」
「『千代田』取り舵! 『千歳』『瑞鳳』続けて取り舵!」
三空母が転舵し、回避運動に移る。
「あとは空母艦長の奮戦に期待するしかないな・・・」
既に敵機と「千代田」との距離は殆どない。
ヘルダイバーの先頭の機体は既に急降下に移っており、アベンジャーも「千代田」を肉迫にしつつある。
「千代田」から突き上がる機銃弾を払いのけるようにしてヘルダイバーが一斉に引き起こしをかけ、直後、「千代田」の周囲に水柱が奔騰し始める。
「・・・!!!」
朝倉は水柱に包み込まれる「千代田」を見て轟沈したと思ったが、水柱が消滅すると同時に「千代田」が健全な姿を現す。
アベンジャーから放たれた魚雷も1本も命中していないようだ。
「千代田」は米軍の第1次空襲を躱しきったのである。
敵編隊は次々に輪形陣の外に離脱しつつある。
火災煙を噴き上げている艦艇は1、2隻存在していたが、肝心の空母3隻は至近弾によって若干痛めつけられたものの、ほぼ無傷を保っていた。
まだまだ前衛部隊は第3艦隊の盾となる役割を果たす能力を有していると言える。
電探室からの報告で、敵編隊の第2波が接近してきている事は朝倉も既に認知していた。
「いくらでもこいよ、米軍。何回でもはじき返してやる」
まだ見ぬ新たな敵機に対して朝倉は力強く呟いたのだった。
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