第109話 決死の操艦

1944年6月4日


「『フランクリン』被弾! 火災発生!」


 空母「ベロー・ウッド」の飛行甲板下に設けられている艦橋で防空戦の指揮を執っていたA・M・プライド艦長は、その報告で始めて「フランクリン」の被弾を知った。


 「フランクリン」――――エセックス級空母の8番艦が大量の黒煙を噴き上げながら海面を疾走していた。


 「フランクリン」の被弾は1発に止まらない。艦首付近に1発、後部エレベーター付近にも1発が命中し、艦を覆い尽くしつつあった火災が急拡大を見せる。


「爆弾命中時の爆発音がこれまでのものよりも明らかに大きいな。明らかに1000ポンド級の爆弾が命中した音だ」


 プライドは敵艦爆から投下された爆弾が1000ポンド爆弾である事を見抜いた。


 日本海軍の主力艦爆であるヴァルは500ポンド級の爆弾までしか搭載出来ないことが判明しているので、必然的に、たった今、「フランクリン」に急降下爆撃を仕掛けた機体は日本海軍の新型機ということになる。


「『ホーネット2』に敵編隊一斉急降下! 『ビロクシ-』にも1機接近してます!」


 TF5.3旗艦「ホーネット2」に10機以上の敵新型機が急降下しつつあり、「ホーネット2」の脇で献身的な援護射撃を行っていたクリーブランド級軽巡洋艦の「ビロクシ-」にも敵新型機が接近しているのが見張り員より報告される。


「敵新型機1機、『ビロクシ-』に体当たり!」


 「ビロクシー」の艦橋に1機の敵新型機が激突し、それによって発生した火災煙を隠れ蓑にするかのように「ホーネット2」上空の敵新型機が一斉に機体を翻して急降下を開始した。


「他艦の事を気にかけている場合ではないな」


 上空を見上げながらプライドは忌々しそうに呟いた。


 敵新型機に狙われているのは何もエセックス級正規空母の「フランクリン」「ホーネット2」のみではない。「プリンストン」とこの「ベロー・ウッド」にも各10機前後の敵機が距離を詰めてきている。


 「ベロー・ウッド」の飛行甲板の両縁が真っ赤に光り、そこからおびただしい数の火箭が天に向かって突き上がった。


 ウィリアム・スプレイグ「ベロー・ウッド」砲術長が「射撃開始」を命じ、「ベロー・ウッド」に搭載されている有らん限りの火器――――ボフォーズ4センチ(56口径)4連装機関砲2基、ボフォーズ4センチ(56口径)4連装機関砲10基、エリコン2センチ(76口径)単装機関砲4基が一斉に射撃を開始したのだ。


 直径40ミリの機銃弾は敵新型機を木っ端微塵に粉砕する拳そのものであり、その拳が早速敵新型機に強烈なカウンターパンチを喰らわせる。


「敵新型機1機撃墜! また1機撃墜!」


 見張り員が報告を挙げ、艦橋内は歓声に包まれる。


 飛行甲板下のスペースに待機している水兵が手を突き上げたり、親指を立てたりして喜びの感情を露わにする。


 僚機が次々に被弾・墜落しているにも関わらず、敵新型機のパイロットはひるんだ様子はない。


 日本人のサムライ・スピリッツを体現しているかのようであった。


 「ベロー・ウッド」の援護に回っている「ダルース」が47口径MK16・3連装6インチ砲4基を振りかざし、3隻のフレッチャー級駆逐艦も敵新型機目がけて射弾を放つ。


(多いな・・・)


 接近してくる敵機の機数を数えながらプライドは腹の底で呟いた。TF5には3つの空母を擁する部隊が存在するが、その1隊に攻撃を集中させて、正規空母2隻、小型空母2隻の飛行甲板を確実に粉砕しようという腹づもりであろう。


「そうはさせるか!!!」


 プライドは接近しつつある敵新型機の編隊に向かって吠えた。


 あっちも必死かもしれなかったが、こっちにも帰還時まで「ベロー・ウッド」が健全であることを信じて命がけで出撃していった攻撃隊の搭乗員達がいるのである。


 彼らのためにも航空機の着艦に必要不可欠な飛行甲板を傷つける訳にはいかなかった。


 不意におどろおどろしい爆発音が空間に木霊した。


 「ホーネット2」に直撃弾1発、「プリンストン」に直撃弾3発が命中したのだ。


 空母の被弾はこれで3隻。TF5.3所属空母の75%が発着艦不能になってしまった計算である。


 「ベロー・ウッド」の上空2000メートル付近に取り付いた敵新型機が機体を翻し、ダイブ・ブレーキ音が急拡大してくる。


「敵新型機1機撃墜!」


 「ベロー・ウッド」の対空砲火が更に1機撃墜の戦果を挙げた直後、敵新型機が一斉に1000ポンド爆弾を投下し、機体を引き起こした。


取舵ラダァー!」


 敵新型機の機動を良く観察していたプライドは投下された爆弾を全て回避すべく操舵室に転舵を命じた。


 「ホーネット2」が艦の後部に火災を背負いながら遅まきながらも転舵を開始し、それにつられるようにして「ベロー・ウッド」の艦首が左に振られた。


 1発目は艦の左舷側海面に着弾した。


 着弾の瞬間、とてつもない量の海水が天へと突き上がり、至近弾炸裂の衝撃によって軽巡改装空母の貧弱な艦底部が痛めつけられる。


 2発目、3発目、4発目と次々に着弾するが、命中弾は1発もない。


 日本軍もエセックス級より遙かに小ぶりなインデペンデンス級空母の艦体を捉えるのに苦戦しているようであった。


 気づいたときには、「ベロー・ウッド」に対する投弾は全て終わっていた。


 「ベロー・ウッド」は第1次空襲を被弾0で切り抜けたのだった・・・


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追記


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2022年3月4日 霊凰より







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