第108話 新型艦爆「彗星」

1944年6月4日


「1、3航戦目標、正規空母。2、4航戦目標小型空母」


「『1、3航戦目標、正規空母。2、4航戦目標小型空母』全機宛て打電します!」


 「鳳龍」艦爆隊隊長且つ全艦爆隊の総指揮を任されている小牧次郎少佐の命令を偵察員の遠野孔明飛行兵曹長が即座に復唱した。


 1、3航戦に正規空母を割り当て、2、4航戦に小型空母を割り当てたのは「加賀」「翔鶴」「鳳龍」「大鳳」艦爆隊の数が「蒼龍」「飛龍」「隼鷹」艦爆隊の機数よりも多いからだった。


 艦爆隊の周りでは零戦61型、32型といった機体が米新型艦戦F6Fを相手に回して死闘を演じている。


 20ミリ弾の火箭が日本刀のように振り回され、それに捉えられたF6Fが1機、2機と火を噴いて海面に叩きつけられる。


 彗星を撃墜せんとしたF6Fの横から殴りかかるように突進し、F6Fの狙いを狂わせる零戦もある。


 F6Fを追っ払う事に成功した零戦が深追いすることはない。艦爆隊の周りには付き従うようにして多数の零戦が陣取ってくれている。


(本当に有り難い。感謝の限りだ)


 小牧は風防越しに見える零戦搭乗員に向かって目礼した。


 敵艦隊が見えてきた。


 4隻の空母を守るようにして多数の巡洋艦、駆逐艦が配されているオーソドックスな陣形だ。


 輪形陣の中には戦艦は存在しないようだ。


 珊瑚海で1隻、ラバウルで3隻、マリアナで2隻の戦艦を沈められて、米海軍も戦艦の数には余裕がないのかもしれなかった。


「小牧1番より全機へ。全艦爆隊突撃せよ!」


 これまで一方的にF6Fからの攻撃に晒され、自機を守ることが精一杯だった事に対する鬱憤を一気に吐き出すようにして小牧は下令した。


 「蒼龍」「飛龍」艦爆隊が真っ先に突撃を開始し、他の艦爆隊もそれに続く。


 「彗星」に搭載されているアツタ32型エンジンが高らかに咆哮し、速度計の針が凄まじいスピードで回転する。


 「彗星」の最高速度は時速579.7キロメートル。前主力艦爆の99艦爆より優に100キロメートル以上優速である。


 海上に多数の発射炎が閃き、若干の間を置いて、艦爆隊の周囲に数多の爆炎が湧き出した。


 輪形陣の外郭を固める艦艇がF6Fの迎撃のみでは日本軍攻撃隊を阻止しきれぬと見て対空射撃を開始したのだろう。


「・・・!!」


 小牧は敵艦の射撃精度に思わず息を飲んだ。


 昨年5月のラバウル沖海戦時に敵艦隊の輪形陣内に突っ込んだときも生きた心地がしなかったが、今眼前で繰り広げられている対空射撃は明らかにそれ以上である。


 海底火山が一斉に噴火したかのようであり、迫り来る機銃弾の密度は火山灰のそれに劣らない。


 彗星の機体が上下左右間断なく揺さぶられ、制御不能になりかける。


「田森機被弾! 樋口機被弾! 『大鳳』隊も1機被弾した模様です!」


 遠野が叫ぶ。


 日本海軍には阿賀野型軽巡という防空軽巡洋艦が順次戦列に加わり始めているが、米海軍艦艇は駆逐艦ですら阿賀野型並の弾幕を張ることが出来るのかもしれない。


 そう思わせる程の凄まじさである。


「上方、F6F!」


「『鳳龍』隊全機、機体を振って躱せ!」


 遠野がF6Fの接近に気づき、小牧が新たな命令を出した。


 彗星は上方からの攻撃に対する有効な対抗手段を持たないため、機体を振って敵弾を回避するしかなかった。


 だが・・・


「敵機、自爆!」


 上方から突っ込んできたF6Fからまばゆい閃光が走り、木っ端微塵に砕け散った。輪形陣の内部での戦いであったため、F6Fに米艦艇から放たれた対空射撃が命中したのだろう。


 輪形陣の内部まで迎撃戦を継続したF6Fの搭乗員は勇敢だったのだろうが、今回はその勇敢さが裏目に出た形だ。


「須津機被弾!」


 遠野が「鳳龍」隊の3機目の喪失を知らせたとき、「鳳龍」隊は敵空母2番艦の上方を占位した。


「さあ、500キロ爆弾をお見舞いしてやるよ!」


 小牧は叫び、次いで操縦桿を思いっきり前に倒した。


 視界が一瞬にして切り替わり、敵空母の真っ平らに飛行甲板がこれでもかと言わんばかりの迫力を醸し出す。


 零戦が敵機を切り裂く日本刀ならば、彗星は敵空母を刺し貫く「槍」というにふさわしい。


 天空から降り注ぐ多数の槍が敵空母の艦底部まで貫かんばかりである。


「高度2800! 2400!」


 遠野が震える声で高度計を読み上げる。


 砲弾炸裂時の爆風によって敵空母が照準環の中からずれるが、その度に小牧は彗星の機体を自分の手足のように操って針路を修正する。


 敵艦の対空砲火も彗星の動きに追随してくる。あり得ないレベルの射撃精度である。


(3発。少なくとも2発は命中させんとダメだな)


 腹の底で小牧は呟いた。


 彗星が99艦爆のそれに倍する500キロ爆弾を搭載しているからといって、相手も翔鶴型空母を上回る全長を持つエセックス級正規空母である。確実に飛行甲板を封殺するためには3発以上の命中弾が欲しい所であった。


「1800! 1400! 1000!」


 高度が1000メートルを切り、照準環の中は敵空母の飛行甲板で埋め尽くされ、その両縁からは多数の機銃弾が突き上がってきたが、小牧の意識は全て投弾のタイミングに向けられている。その他の事は全くの度外視であった。


「600!」


「てっ!」


 彗星から爆弾が切り離されたのは5秒後の事であった・・・







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