第104話 燃ゆる港湾
1944年2月12日
1
「命中! 命中! 命中!」
次々見張り員から魚雷の命中報告が飛び込む中、「大井」「北上」は面舵を切って左舷側を泊地方向に向けた。
「魚雷投下!」
「魚雷投下 宜候!」
柴艦長が残りの片舷分の魚雷投下を命じ、「大井」から更に20本の魚雷が発射される。
後続の「北上」、第10駆逐隊「浦波」「天霧」「敷波」からも次々に魚雷が投下され、白い雷跡が海面下を埋め尽くす。
泊地内の輸送船は何とか回避運動を行おうとしているものの、狭い港湾内に多数の輸送船がひしめき合っているということもあってそれは不可能であった。
多数の輸送船の下腹が魚雷によって抉られ、それに追い打ちをかけるかのように渡辺艦隊の「鳥海」「摩耶」から放たれた20センチ砲弾が次々に弾着を開始する。
米戦艦の主砲弾によって僚艦の「高雄」を撃沈された無念を晴らすかのような砲撃であり、砲弾が命中した輸送船はその破壊エネルギーによって艦中央部を引き裂かれて轟沈の憂き目にあう。
泊地の輸送船を一掃した後、その砲門は泊地のその先にある飛行場に向けられる。
14センチ砲弾、12.7センチ砲弾が雨霰の如き勢いで滑走路に殺到し、飛行場への進出を開始していた海兵隊のF6F、ヘルダイバー、アベンジャーと言わず全ての存在を木っ端微塵に粉砕する。
渡辺艦隊、多田艦隊、成田艦隊の3艦隊がマリアナからの離脱にかかった時、マリアナ諸島、グアム島は大炎に包まれており、その作戦能力の7割以上を喪失したにだった・・・
そして、米軍を襲った惨劇はそれだけに止まらない。
トラック環礁から出撃した伊号潜水艦から放たれた魚雷によって戦艦「アイダホ」に魚雷2本、「ニューメキシコ」に魚雷3本、サイパン島に停泊していた巨大工作船2隻に魚雷1本ずつが命中したのだ。
以上が大本営呼称「第1次マリアナ沖夜戦」の全容であった。
2
1944年5月、南方ボルネオの日本軍泊地に3隻の艦艇が入港してきた。
「あれが新鋭航空母艦か。面白いな」
高次貫一「鳳龍」艦長は艦橋の窓から、入港してきた新鋭空母を見つめながら呟いた。
「川崎造船所で2ヶ月前に竣工した新鋭空母『大鳳』ですな。艦影に翔鶴型空母からの技術の進歩を感じさせます」
副長の岸田中佐が新鋭空母を見た感想を率直に述べた。
この日、再建されつつある日本軍機動部隊(第3艦隊)に新鋭空母「大鳳」、小型空母「千歳」「千代田」が合流したのだ。日本空母としては「龍鳳」以来のニューフェイスであり、第3艦隊各艦の艦上では多数の乗組員が帽振れで3隻の空母を迎い入れていた。
「大鳳」は帝国海軍初、飛行甲板に装甲が張り巡らされている装甲空母であり、来るべき決戦では不沈空母としての役割を求められている艦だ。重装甲を施している関係上搭載機数は56機と少なめではあったが、他艦と連携することによってその弱点も克服できると考えられていた。
「千歳」「千代田」は零戦32機を搭載し、直衛専任空母としての活用が見込まれている艦だった。
「・・・既に副長の耳にも入っていると思うが、本艦は『大鳳』と共に第3航空戦隊を編成し、第4航空戦隊と共に機動部隊の一群を編成する。護衛艦艇には新型の防空巡洋艦、防空駆逐艦が多数配備される予定だ」
「私の所にも同じ情報が上がってきています」
第3艦隊には計8隻の空母が配備される予定であり、「鳳龍」「大鳳」所属の第3航空戦隊の他に、「加賀」「翔鶴」所属の第1航空戦隊、「蒼龍」「飛龍」所属の第5航空戦隊、「隼鷹」「龍鳳」所属の第4航空戦隊がある。
護衛艦艇は阿賀野型軽巡4隻、秋月型駆逐艦12隻を始めとする艦で構成されており、旧1航艦よりも大幅に強化されている。
「ですが、米海軍の空母部隊がこの半年で著しく強化されているとの情報も本官の耳に入ってきています」
岸田は近く激突するであろう米機動部隊の存在について言及した。
「トラック方面、パラオ方面に張っている潜水艦部隊、偵察部隊からの情報だと米空母の総数は・・・12・・・いや、知らんわ」
友軍からもたらされた米機動部隊に関する情報は「鳳龍」の艦橋内でも聞き及んでいたが、情報が錯綜しすぎており、高次は出たとこ勝負だと考えていたのだ。
「米空母は総数14~16隻といった所ですね。第3艦隊の倍ですね。搭載機数で言ったら2.5倍と言った所でしょうか」
「空母の数も重要だが、空母に乗せる搭載機、その搭載機に乗せる搭乗員の質の方がもっと大事だ」
旧1航艦から第3艦隊に空母機動部隊が再編成される課程で、艦載機も更新が進んでいる。従来の99艦爆、97艦攻からバトンタッチするように新型艦爆「彗星」、新型艦攻「天山」が配備されている。
零戦に関しても一部の機が新型の61型に更新されており、米新型艦戦のF6Fに対して互角以上の戦いを行う事ができると考えられていた。
だが、その一方で開戦以来空母部隊の力を担保していたベテラン搭乗員が多数戦死し、飛行隊には若年パイロットの割合が約6割を占めているという現実もあった。
「やはり、厳しい戦いになるんだろうなぁ・・・」
高次は岸田にも聞こえないような小さい声で呟いた。
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