第103話 敵戦艦に魚雷命中!

1944年2月12日



 当たれ、当たれ、当たれ、当たれ――――!


 魚雷を投下し終えた渡辺艦隊、多田艦隊の全乗員は決死の思いで放った魚雷の命中を心から願っていた。


 そして、その願いに対する回答は程なくして届けられた。


 まず、敵戦艦1番艦――――ニューメキシコ級戦艦「アイダホ」の左舷後部に1本目の水柱が奔騰した。


 全長190.2メートル、基準排水量36157トンの艦体が発作を起こしたかのようにその場に停止し、僅かに遅れて魚雷の炸裂音が木霊した。


 「アイダホ」の受難はそれにとどまらない。右舷中央部から後部にかけて等間隔に2本の魚雷が命中し、その内1本は艦の動力を司るボイラーを全壊させたのだ。


「取り舵一杯!」


 「アイダホ」の被雷を間近で見た「ニューメキシコ」艦長アシュレイ・H・ロバートソン大佐は即座に操舵室に魚雷を回避すべく転舵を命じたが、この命令は完全に遅きに失した。


 海中をひた走っていた人造の鮫とも例えられるべき恐ろしい魚雷がまず1本、「ニューメキシコ」の艦首に命中し、ダメ押しかのようにもう1本が艦首に命中した。


 魚雷によって艦首を集中的に痛めつけられた「ニューメキシコ」は水中圧力の急激な増大によって速度が大きく低下し、戦艦部隊を真っ正面から通過しようとする日本艦隊を阻止しようなど思いもよらない事であった。


 そして、「アイダホ」「ニューメキシコ」の2戦艦が被雷した時には、「ミシシッピ」の艦底部からも盛大に黒煙が噴き上がっていた。


 「ミシシッピ」に命中した魚雷は1本に止まったが、その1本によって舵が損傷してしまい、一時的に操艦の自由を奪い去られたのだった。


 3隻とも沈没の危険性こそなかったが、この3戦艦がマリアナに突入してくる日本艦隊を阻止することが不可能であるというのは誰の目から見ても明らかであった・・・



「敵戦艦3隻に魚雷命中! 火災発生!」


「頃合いだな」


 第9戦隊「大井」「北上」、第10駆逐隊「浦波」「雨霧」「敷波」からなる艦隊を率いている成田茂一少将は艦隊突入の好機がやってきたということを十分に認識していた。


 マリアナ諸島を守る最後の盾である敵戦艦部隊はそのことごとくが戦闘不能の状態に陥っており、その主砲に新たな発射炎が閃く事はない。


「艦隊針路120度、泊地に突入するぞ」


「艦隊針路120度!」


 成田の命令に柴勝男「大井」艦長が即座に反応し、5隻の成田艦隊は米軍の輸送船がひしめき合っているであろう泊地に向かって突撃を開始した。


「右前方に沈没しつつある艦艇1隻! 『谷風』の模様!」


(すまぬな。先に突入させた部隊には凄まじい損害を出してしまった・・・)


 米艦との砲戦によって沈没しつつある多田艦隊所属艦を見つめながら成田は呟いた。


 渡辺艦隊と多田艦隊を最初に突撃させて、敵艦隊の脅威を排除した後に最も雷撃能力の高い「大井」「北上」を擁する成田艦隊を泊地に突入させるという作戦計画を立てたのは他ならぬ成田自身であり、それだけに露払いとなって沈んでいった両艦隊の艦艇には申し訳ないという気持ちで一杯であった。


「本艦と『北上』の新兵器のお披露目会がやってきましたね。もはや一生出番はないものかと思っていましたが」


「それもこれも先に敵艦隊と戦い、それを見事に打ち破ってくれた渡辺艦隊と多田艦隊のおかげだ。だからこそこの攻撃を絶対に失敗させてはならぬ」


 「北上」「大井」の両艦は開戦前夜の1941年の10月から12月にかけて1艦当たりの雷撃力を極限まで高めるための改装が行われていた。


 即ち、61センチ魚雷4連装発射管10基40門が装備され、片舷20射線、両舷40射線という破格の雷撃能力を手にしたのだ。


 開戦以来2年、その絶大な雷撃力が生かされる場面はやってこなかったが、遂に1944年になって第9戦隊にも出番が回ってきたのだ。


「前方に港湾! 輸送船、油槽船と思われる艦艇多数!」


 艦首付近に立たせておいた見張り員から待望の報告が入った。


 そして、その輸送船数隻の艦上からか細い発射炎が閃き、数条の火箭が成田艦隊に迫ってくるのも確認される。


 護衛艦隊が悉く敗北した事を悟った輸送船の艦長が、自らの身を自らで守るべく僅かな火器を用いて迎撃を開始したのだろう。


 多数の機銃弾が先頭艦の「大井」に殺到してきていたが、成田の意識は「大井」「北上」から放たれる合計80本の魚雷を1本でも多く敵輸送船に命中させ、一日でも長くGF主力戦力回復までの時間を稼ぐ事に集中しており、機銃弾の存在など想像の埒外であった。


 泊地との距離が縮まるにつれてその様子がはっきりとしてくる。


 懸命の脱出を試みる輸送船、迎撃の機銃を振りかざす油槽船、思わず他艦と激突してしまう輸送船などが存在し、全く全体の統制が取れておらず、大混乱の巷であった。


「魚雷発射!」


 柴が水雷長に魚雷発射を命じ、少しの間を置いて「大井」の艦体が僅かに身震いしたかのように感じられた。


 投雷距離3000メートル。


 まず、「大井」「北上」の右舷40射線の魚雷が一斉に海中に放たれた瞬間であった・・・





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