第101話 驚愕の光景

1944年2月12日


 「球磨」が敵駆逐艦1番艦を撃沈したときには、「多摩」と「木曾」も格下の護衛駆逐艦1隻ずつを血祭りに上げていた。


 日本海軍の夜襲によって不条理な砲戦に巻き込まれた3隻の護衛駆逐艦は、本来の任務であった沿岸警備・船団護衛という役割をほとんど果たすことなく、マリアナの海域に沈もうとしているのだ。


 ただし、日本側も無傷では済まない。


 敵駆逐艦2隻に砲火を集中させられた殿艦の「谷風」が全主砲火力を喪失した上に、海面下に開けられた大穴によって急速に海面に吸い込まれつつあり、「嵐」もその速力を15ノットにまで低下させられ、艦を覆っている火災は激しさを増すばかりであった。


 「嵐」はまだ砲戦を継続しているものの、マリアナ諸島が敵地だということを勘案すると、その運命は押して図るべしであろう。


 ここで、司令官の多田は隊列が大幅に乱れた敵護衛駆逐艦部隊を振り切って、泊地に向かって突撃を仕掛けようとしたが、敵部隊がそうはさせじと尚も立ち塞がってきた。


「やむをえん! 敵の残りの駆逐艦を片付ける、最初から斉射いけるか?」


「第4主砲が使用不能ですが、6門での斉射は可能です」


 多田の問いかけに対して、「球磨」艦長杉野修一大佐が即座に答えた。


「よし、4番艦を狙え!」


「本艦射撃目標4番艦、射撃開始!」


 「球磨」の砲塔がゆっくりと旋回し、主砲発射を告げるブザーが艦全体に鳴り響いた直後、「球磨」の14センチ主砲6門が轟然と咆哮を上げた。


 その砲声は余りに強烈なものであり、「球磨」が敵護衛駆逐艦1隻如きの戦果では飽き足らず、この海域に貪欲に更なる獲物を求めているかのようであった。


 「球磨」の第1斉射弾が相次いで着弾し、ほぼ時を同じくして敵5番艦、6番艦の至近にも14センチ主砲のものと思われる水柱が奔騰した。


 「多摩」「木曾」の斉射弾によるものだ。「多摩」「木曾」に砲撃目標の変更をまだ多田は命令していなかったが、「多摩」「木曾」の両艦長には「球磨」の動きを見て十分にその意図が伝わったのであろう。


 「球磨」が第2斉射を放ち、「多摩」「木曾」がそれに続く。


 「球磨」の第2斉射が着弾したとき、外れ弾に混じって1条の火柱が確認された。


 敵4番艦の後部主砲付近に紅色の炎が生じ、それに怒り狂ったかのように敵4

番艦が「球磨」に向かって射弾を放つ。


 「球磨」が主砲弾の装填を待っている間に新たな水柱が奔騰し、敵4番艦の艦上に直撃弾炸裂の閃光が走った。


 砲戦開始時から敵4番艦と砲火を交わしていた「萩風」も敵4番艦に対して直撃弾を与え続けているのだ。


 陽炎型駆逐艦の小型径砲では敵護衛駆逐艦を一撃で撃沈することは叶わないが、一寸刻みにその戦闘力をそぎ落とす事はでき、現に敵4番艦は明らかにその戦闘力が低下しつつあった。


(あと、1斉射か2斉射といった所だな)


 砲戦を見つめていた多田はそう考え、その思考をかき消すかのように「球磨」艦上に炸裂音が響き、衝撃波が艦橋にまで伝わってきた。


「第6主砲損傷!」


「命中弾2!」


 凶報と吉報が同時に上げられる。


 「球磨」は更に主砲1基を失ったものの、敵4番艦に追撃の直撃弾2発を浴びせることに成功したのだ。


 敵4番艦が航行を止め、「木曾」の射弾に煙路深くを刺し貫かれた敵6番艦も大量の黒煙を噴き出してその場に停止する。


 そして、「多摩」に直撃弾6発を命中させ、「多摩」の主砲の過半を使用不能に追い込むなど大いに奮戦していた敵5番艦も、手空きとなった「球磨」「木曾」に狙いを集中され、程なくして戦闘・航行不能に陥る。


「見張り員より艦長! 敵7番艦、8番艦取り舵! 離脱する模様!」


「射撃止め!」


 杉野が敵駆逐艦部隊の残存艦の様子を見て射撃終了を命じた。


「よし、泊地に突撃するぞ!」


 多田がそう艦隊全体に言い聞かせるように宣言し、多田艦隊は航行不能となった「谷風」と、速力を大きく減じた「嵐」を除く4隻で改めて戦隊を組み直した。


「泊地に付いたら魚雷をたらふくぶち込んでやりましょう」


 杉野が魚雷命中によって炎上・沈没していく多数の米輸送船を頭の中で思い浮かべながら呟いた。


「まだ、泊地突入を阻む米艦が0になったとは限らない。他の2部隊の状況も十分に掌握できていない以上、油断は禁物だ」


 多田は杉野を窘めるように話しかけた。


(まだ巡洋艦の2~3隻、ひょっとしたら・・・)


 多田は残りの米軍の戦力の分析を始めていたが、一瞬にしてその思考は中断に追い込まれた。


 多田艦隊の突撃方向左舷側にあびただしい光量の閃光が走り、空気を真っ二つに切り裂くような巨弾の飛翔音が聞こえてきたのだ。


 閃光によって浮かび上がった船体は長大な籠マストを装備しており、球磨型軽巡の14センチ主砲とは比較にならないような3連装主砲を4基装備していた。


 巡洋艦などではない、明らかに米海軍の主力の一翼を担う戦艦である。


 しかも、数は1隻だけではない。たった今、砲門を開いた戦艦の、その隣にも2隻の戦艦が確認できる。


「・・・!!!」


 多田が、杉野が、いや、多田艦隊の全乗員が驚愕した瞬間であった・・・

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