第100話 「球磨」咆哮

1944年2月12日


 渡辺艦隊が敵巡洋艦3隻、駆逐艦3隻撃沈の戦果を挙げた直後、夜間砲戦の第2幕が切って落とされた。


 総数8隻の敵駆逐艦部隊が出現し、第12戦隊、第4駆逐隊を総指揮を執っている多田篤次少将が即座に迎撃を命じたのだ。


「『球磨』目標、敵1番艦」


「『多摩』目標、敵2番艦」


「『木曾』目標、敵3番艦」


「『萩風』目標、敵4番艦」


「『嵐』目標、敵5番艦」


「『谷風』目標、敵6番艦」


と射撃目標が割り振られ、「球磨」艦長杉野修一大佐が射撃開始を命じ、それを砲術長が復唱する。


 「球磨」「多摩」「木曾」3艦共に第4射で直撃弾を得、相対する敵駆逐艦よりも速く斉射に移行することに成功した。


「次より斉射!」


 杉野が新たな命令を発し、14センチ主砲弾の装填を待つ間に敵駆逐艦から放たれた第5射が着弾する。噴き上がった多数の水柱は凄まじい迫力を醸し出してはいたが、その反面「球磨」の艦体に伝わってくる衝撃は大した事がない。敵駆逐艦は未だに射撃精度を十分に確保することが出来ていないのだ。


(駆逐艦には違いないが、フレッチャー級ではないな)


 彼我の砲撃戦の様子を見つめながら多田は腹の底で呟いた。ラバウル沖海戦の時にフレッチャー級駆逐艦と撃ち合った各艦艦長の戦闘詳報によると、フレッチャー級の全長は110メートルを優に超えるほどだったと言うが、今、「球磨」と砲撃戦を行っている相手はどんなに大きく見積もっても全長90メートルといったところだ。


 恐らく沿岸警備用の護衛駆逐艦であろう。


 「球磨」は帝国海軍の現役艦艇の中では十分過ぎる程の旧式艦ではあったが、敵が最新鋭のフレッチャー級ではなく、護衛駆逐艦なら十分に勝機がある――――そんなことを考えながら多田は「球磨」の第1斉射を待った。


「装填終わり! 斉射に移行します!」


 「球磨」の前部主砲を担当する第1分隊長から報告が上がり、後部主砲を担当する第2分隊長も準備完了を知らせてくる。


「斉射始め!」


 砲術長が下令し、「球磨」の14センチ単装砲7門の内、右舷に指向可能な6門が一斉に火を噴く。


 艦橋の前後から砲声が轟き、めくるめくる閃光が夜闇に浮かび上がる。


 弾着を待つ間にも相次いで敵弾が飛翔する。


 第6射の弾着は「球磨」の周囲80メートル付近であり、第7射の弾着の時、遂に「球磨」は敵駆逐艦1番艦に挟叉された。


 「球磨」、そして「多摩」「木曾」の斉射弾が続けざまに着弾し、おびただしい数の水柱が敵1、2、3番艦付近に林立する。


 敵1番艦が水柱から姿を現すが、その艦に背負っている火災の規模は急拡大しつつある。沿岸警備や船団護衛を想定されている護衛駆逐艦は14センチ砲の直撃に耐えうるだけの装甲を保持していないのかもしれなかった。


 被害状況の詳細は不明であったが、「球磨」の斉射弾は確実に敵1番艦を痛めつけているのだ。


 「球磨」「多摩」「木曾」が第2斉射を放った。


 主砲発射の砲声に敵弾の飛翔音が被さり、黒い砲弾が「球磨」の艦体に吸い込まれた。


 凄まじい衝撃と共に何かが破壊される音が艦橋まで飛び込み、被害報告が舞い込んでくる。


「後甲板損傷! 機銃座1基完全破壊されました!」


(まだ大丈夫だ。主砲と魚雷発射管に被弾しなければ何の問題もない)


 被害報告を耳に挟んだ多田は一先ず安心した。これから泊地突入を控えている「球磨」にとって主砲火力の喪失は命取りになってしまうからである。


 不意に「球磨」の後方から鋭い炸裂音が轟いた。


 多田が反射的に後方を振り向くと、主砲塔の何基かを天に吹き飛ばされて、艦の過半が火災に覆われている敵2番艦が視界に入った。


 「多摩」の第2斉射弾が複数命中し、敵2番艦に甚大な損害を与えたのであろう。


 敵1番艦から第1斉射の発射が確認された直後、「球磨」が放った第2斉射6発が一斉に着弾し、新たな爆発光が発生する。


(いったか?)


 多田はこの第2斉射に手応えを感じ、敵1番艦が完全に戦闘・航行能力を喪失したのではないかと考えた。「球磨」の第2斉射はそれほど派手に敵1番艦の艦上で炸裂したのだ。


 だが、その見立ては誤りであった。


 敵1番艦の艦上に新たな閃光が確認され、艦を覆い尽くしていた黒煙が束の間吹き飛ばされたのだ。


 「球磨」は第3斉射を放つ。斉射から斉射までの間隔はおよそ12秒といったところであり、対する敵艦の斉射間隔はおよそ9~10秒置きといった所だ。


 「球磨」の主砲が断続的に吠え猛る中、敵弾が次々に「球磨」に殺到し、金属的な破壊音が艦全体に轟いた。


「第4主砲損傷!」


「水上機大破!」


「機雷誘爆してます! 現在消火中!」


「高角砲1基損傷!」


 果てしなく続くかに思えた彼我の砲撃戦は「球磨」が第12斉射を放った直後に終わりを迎えた。


 多田は敵1番艦を凝視した。敵1番艦は艦の前部が火の海といって差し支えのない状態となっており、第1主砲、第2主砲は力尽きたかのようにうなだれている。


 艦の後部も14センチ砲弾によって艦尾を潰された挙げ句、推進軸1基を叩き折られてしまったため、大量の浸水を呼び込んでいるといった有様だ。


 「球磨」は敵1番艦の撃沈に成功したのだった・・・


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第100話到達です。


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あと、もう少しで第3作目を公開予定です。(多分)


2022年2月23日 霊凰より

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