第99話 気づかぬ雷跡

1944年2月12日



 マリアナ沖で渡辺艦隊と相対することになったのは、ボルチモア級巡洋艦3隻を基幹とするTF61(第61任務部隊)だった。


「敵艦隊増速。速力32ノット。針路120度」


 TF61旗艦「ピッツバーグ」の艦橋に報告が上げられた。


「砲撃続行! 敵の狙いは湾内の輸送船だ!」


 「ピッツバーグ」艦長トラスト・リアリー大佐は命令し、射撃指揮所に待機しているゼェラルド・ヒスラー中佐が復唱を返した。


 「ピッツバーグ」の主砲が第3射を放ち、次発装填を待っている間に後続の「セントポール」「コロンバス」も続けざまに主砲を振りかざし、重量400キロ、直径8インチの砲弾を発射する。


 ものの15分前までは静かなマリアナ諸島海域であったが、今やその空気は一変し、お互いが敵を全力で叩き潰さんとする構造が形成されていた。


 「ピッツバーグ」の第3射、第4射は外れたが、続く第5射で命中弾を得た。


 敵巡洋艦1番艦の船体に爆発光が閃き、闇夜の向こうに赤々と光る灯火が出現した。


「次より斉射!」


 リアリーが命じ、「ピッツバーグ」に続いて敵2番艦を目標に定めていた「セントポール」も命中弾を得る。


 敵巡洋艦も一方的に撃たれている訳ではない。


 敵弾の飛翔音が断続的にTF61の3巡洋艦に迫り、3番艦の「コロンバス」に命中弾炸裂の閃光が走る。


 「ピッツバーグ」が最初の斉射を放った。「ピッツバーグ」を初めとするボルチモア級重巡洋艦の標準装備となっている55口径8インチ3連装3基が一斉に吠えたけり、強烈な砲声が「ピッツバーグ」の艦橋を包み込む。


 凄まじいまでの反動が「ピッツバーグ」の艦体に襲いかかり、艦が大きく右舷側に傾く。


 「ピッツバーグ」の斉射弾が一斉に着弾した瞬間、多数の水柱が奔騰し、2カ所に爆発が確認された。


 敵巡洋艦1番艦も砲撃を継続し、「ピッツバーグ」に向かって砲弾を送り込んでくるが、その砲声は幾らか小さなものとなっている。


 「ピッツバーグ」の命中弾は敵巡洋艦の主砲を最低1基は破壊することに成功したのだ。


 だが、このまま、「ピッツバーグ」が斉射を継続することを海面下から迫っていた刺客が許さなかった。


 出し抜けに、増したから衝撃が突き上がり、艦橋内の全乗員が大きくよろめき、リアリーも膝を壁に思いっきりぶつけた。


 膝の痛みを堪えてよろよろと立ち上がったリアリーの目に、艦橋の高さを遙かに超越する白い水柱が2本飛び込んできた。


「機関長! 両舷停止!」


 即座に被害が魚雷命中によるものだと認識したリアリーは、これ以上の浸水をできる限り食い止めるべく機関長に機関の停止を命じた。


「やばいな・・・」


 リアリーは小さな声で呟いた。機関停止によって「ピッツバーグ」の速力は低下しつつあり、海水による抵抗力は減少し始めたが、それでも「ピッツバーグ」の沈下は徐々に進みつつあった。


 そして、魚雷命中という突然の悲劇に襲われたのは「ピッツバーグ」だけではなかった。


「『コロンバス』被雷!」


「『エヴァーツ』『ワイフェルス』『グリスウォルド』被雷!」


「『スティール』大爆発しました!」


 何人かの見張り員が同時に報告を寄越し、その声をかき消すかのように更なる爆発音が海域全体に鳴り響いた。


「第4主砲大破!」


 砲術長の絶叫と化した声が艦橋に飛び込み、敵巡洋艦1番艦から放たれる20センチクラスの砲弾が最悪のタイミングで「ピッツバーグ」の艦体を捉えた事を知らせる。


「最悪だ・・・」

 

 リアリーは絶望に打ちひしがれるかのように力なく呟いた。


 この時、TF61は巡洋艦2隻が被雷し、TF61の近くを航行していた護衛駆逐艦8隻で構成されていた部隊も3隻を瞬く間に喪失した。


 このままでは敵巡洋艦3隻、駆逐艦3隻の砲火によって一方的に叩き潰されてしまうのみであったが、各艦が混乱の極地に落とし込まれているこの状況では、リアリーを初めとする各艦艦長に打てる手は一つもなかった。


「敵巡洋艦1番艦斉射に移りました!」


 見張り員からの報告が入り、行き脚を完全に奪い取られた「ピッツバーグ」が撃ち砕かれ始めたのは1分後の事であった・・・



「敵巡洋艦2隻、駆逐艦3隻沈没確実!」


「第5戦隊目標敵巡洋艦2番艦! 3隻分の砲撃で一気呵成に畳みかけろ!」


 第5戦隊旗艦「鳥海」の艦橋に戦果が入ったのも束の間、渡辺司令官は「鳥海」の射撃目標を切り替えるように命令を下した。


「目標敵巡洋艦2番艦、射撃開始!」


「目標敵巡洋艦2番艦、宜候!」


 艦長有賀幸作大佐が下令し、3番艦の「高雄」も砲撃目標を切り替える。


 巡洋艦3隻対1隻の戦いは程なくして終了した。


 高雄型重巡3隻から断続的に多数の20センチ砲弾を叩き込まれた敵巡洋艦2番艦は海上を漂う燃える鉄塊に変化しており、その行き脚は完全に停止していた。


 対する第5戦隊は「鳥海」が主砲塔1基を、「摩耶」が主砲塔2基を使用不能に陥れられたものの、まだ戦闘能力を十分に有している。


「突撃継続!」


 敵部隊を見事に退ける事に成功した渡辺艦隊はマリアナ3島の泊地目がけて突撃を継続するのだった・・・











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