第98話 時間稼ぎ
1944年2月12日
マリアナ3島が陥落し、早くも絶対国防圏の一角を突き崩された日本軍であったが、空母機動部隊をまだ動かせる状況ではなかった。
第3艦隊と改名した機動部隊は昨年5月のラバウル沖海戦で失った空母・航空機・搭乗員の補充がまだ完全には完了しておらず、航空機の新鋭機への切り替え期間にも重なっていたからだ。
そこで、GF司令部はトラック環礁に配置されている第4艦隊と本土で即座に出撃可能だった一部の艦艇に出撃を命じたのだった。
兵力は成田茂一少将を司令官とする第9戦隊「大井」「北上」、第10駆逐隊「浦波」「天霧」「敷波」、多田篤次少将を司令官とする第12戦隊「球磨」「多摩」「木曾」、第4駆逐隊「萩風」「嵐」「谷風」、渡辺清七少将を司令官とする第5戦隊「鳥海」「摩耶」「高雄」、第8駆逐隊「親潮」「早潮」「夏潮」らであり、3部隊合計して重巡3隻、軽巡5隻、駆逐艦9隻である。
3部隊の総指揮権は最も先任順位が高い渡辺に委ねられており、渡辺は既に米軍に制圧されつつあるマリアナ諸島への殴り込み作戦を心に決めていた。
「どうなっているでしょうかね。マリアナは」
「鳥海」艦長有賀幸作大佐は渡辺に聞いてきた。今の時刻は午後9時であり、艦橋内にも光が灯されていた。
「マリアナ海域に張り付いている潜水艦からの報告によると、1週間前にやってきた米機動部隊は既に撤退しており、マリアナ周辺には巡洋艦・駆逐艦を中心とする部隊が1隊乃至2隊展開しているのみらしい」
渡辺は出撃前にGF参謀を通して仕入れた情報を有賀に伝えた。
(いまは夜間な事が幸いしてマリアナ諸島の米軍航空戦力に関しては無効化されているが、果たして水上艦艇の戦力差的にはどうかな・・・)
渡辺からの話を聞いた有賀は腹の底で呟いた。
この渡辺艦隊を初めとする3部隊の作戦目標はマリアナ諸島の米軍を大いに掻き乱すことであり、マリアナ3島の港に停泊しているであろう多数の輸送船を撃沈破できれば理想である。
そのためにも「鳥海」を始めとする第5戦隊の3隻には敵の有力艦を排除することが求められていた。
現在の渡辺艦隊の位置はマリアナ・グアム島南20海里の海域であり、そろそろ敵艦隊と接敵してもおかしくなかった。
5分後・・・
「敵艦隊察知!」
電探室から報告が上がってきた。ラバウル沖海戦後に「鳥海」に新たに装備された仮称二号電波探信儀二型が敵艦隊の察知に成功したのだろう。
遙か彼方からおどろおどろしい砲声が連続して聞こえてきた。どうやら米側もマリアナ諸島に肉迫しつつある「鳥海」以下の艦艇の存在を光の電波によって既に察知していたようだ。
「閃光多数確認! 敵艦隊の戦力は巡洋艦2~3隻、駆逐艦5隻程度も模様!」
艦橋後部の見張り員から報告が入ってきた。
渡辺はまだ発砲開始の命令を出さない。彼我の艦隊の距離がまだ離れている上に夜間いうこの状況では、発砲しても発射炎で自らの位置を暴露するだけだからである。
彼我の距離が推定10000メートルまで縮まった時、渡辺は最初の命令を発した。
「第5戦隊、第8駆逐隊魚雷発射! ちと遠いが第1射を発射するぞ」
渡辺の初手は魚雷発射だった。
第5戦隊僚艦の「摩耶」「高雄」、第8駆逐隊各艦から「宜候」との報告が届き、「鳥海」の艦上でも魚雷発射の準備が進められる。
「魚雷発射!」
有賀が水雷室に命じ、程なくして10000メートル先の敵艦隊に向けて八九式61センチ連装魚雷発射管4基8門から8本の魚雷が次々に海面に投下された。
「『高雄』魚雷発射完了! 『摩耶』魚雷発射完了! 『親潮』『早潮』『夏潮』も魚雷発射しました!」
「第5戦隊、第8駆逐隊突撃せよ! 全艦最大戦速!」
「両舷前進全速!」
有賀が機関室に命じ、「鳥海」の艦底部から機関の鼓動が徐々に高まってくるのが確認できる。
基準排水量12986トンの「鳥海」の巨体が加速していき、巡航速度の18ノットから26ノット、28ノット、30ノットと速度を上げていく。
渡辺艦隊は先頭艦の「鳥海」から殿艦の「夏潮」まで一糸乱れぬ一本槍となって強大な敵艦隊に挑みかからんとしているのだ。
米艦隊に僅かでも隙があれば、その柔らかい横腹を一瞬にして食い千切り、泊地の輸送船団まで殺到せんばかりの勢いである。
「砲撃開始!」
「本艦目標敵1番艦、砲撃開始!」
渡辺が砲撃開始を命令し、有賀が発射炎によって姿が露わになっている敵巡洋艦1番艦に狙いを定める。
「鳥海」の20センチ主砲が旋回していき、たまりにたまったものを吐き出すかのように第1射を放った。
各砲塔の1番砲から20センチ砲弾が発射され、砲声が艦橋内で轟く。
後ろからも砲声が轟く。
「摩耶」「高雄」、第8駆逐隊の駆逐艦3隻も順次砲撃を開始したのだろう。
「鳥海」の第1射が弾着し、水柱が奔騰する。
奔騰した水柱は5本。命中弾は無しだ。
入れ違うようにして「鳥海」の至近にも水柱が奔騰し、至近弾炸裂時の衝撃が「鳥海」の艦底部を痛めつけ、大量の海水が甲板上に降りかかる。
「鳥海」が第2射を放ち、敵艦隊も次々に撃ち返してくる。
そうしている間にも、マリアナ諸島との距離は縮まっていくのだった・・・
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