第97話 陥落の知らせ
1944年2月10日
「マリアナ陥落」
この知らせが高次貫一「鳳龍」艦長の耳に入ったのは、米軍がマリアナに来襲した日から数えて4日後の事であった。
「2月7日、マリアナ3島に対して総数500機以上の機体が来襲。マリアナ諸島に展開していた第504航空隊所属の零戦37機が迎撃戦を行ったものの、多勢に無勢であり、滑走路、指揮所、兵舎、対空砲陣地、倉庫などに多大な被害が発生。地上撃破された陸攻、水偵は約20機か・・・」
高次は副長の岸田から手渡された報告書を読みながら呟いた。普段の表情変化が少ない高次が今、何を考えているかを読み取ることは困難であったが、それでもいきなりの「マリアナ陥落」という事態に少なからず衝撃を受けていることは確かなようだった。
「特に重大視される情報はマリアナ3島に襲来した敵機が艦戦、艦爆共に新型機だったという事です。現地部隊の報告によると新型艦戦はこれまでの米軍の主力戦闘機だったF4F『ワイルドキャット』を遙かに上回る性能を有しているとの事であり、1対1だと敗北を喫してしまう零戦の方が多かったそうです。新型艦爆にしても『ドーントレス』よりも速力が50キロメートル/時間程早く、ドーントレスよりも更に強靱な機体に仕上がっているとの事です」
岸田が情報を補足した。
「まさか、零戦が苦戦するほどの新型戦闘機が出現するなんて・・・」
「岸田、元々零戦が敵戦闘機に対して明確に優位だという根拠は何処にも存在しないぞ。『零戦の無敵神話』なる与太話は戦場によくある現実逃避の妄想に過ぎないし、実際にラバウル沖海戦に参加した本艦の零戦隊もF4Fとの戦闘によって約4割が失われている」
岸田が言いかけた零戦の優位性を高次は明確に否定した。
日本海軍内では零戦神話を信じ、零戦が連合軍各種戦闘機に対してさも圧倒的な優位性が存在するかのような話を信じている将官が圧倒的に多数派であったが、高次は零戦という機体を全面的にはないにしろ比較的否定的な立場に立っていた。
理由はただ一つ、零戦の防御装甲が余りにも貧弱だったからである。
「それにしても早かったな。米軍の再襲来が」
高次は一番気になった事に関して言及した。
連合艦隊司令部は米軍の反攻開始に時期を今年の6月付近だと読んでおり、その予測に基づいて各所の戦力配備が進められていたのだ。
だが、米軍はGF司令部の予測より4ヶ月早く、しかも全く手薄なマリアナ諸島に攻撃を仕掛けてきたのだ。
完全に日本軍上層部の見立てが甘すぎたのである。
「来襲した空母は何隻だ・・・?」
「マリアナ諸島付近で哨戒活動を行っていた潜水艦からの報告によると発見された米空母は全6隻で、大型のものが4隻、小型のものが2隻だったとの事です。尚大型・小型空母共に半年前に識別表に追加された新鋭空母で間違いないそうです」
「大型の奴はクラス名『エセックス』とかいう新鋭空母か。ラバウル沖に2隻沈めたのにも関わらず4隻も出てきたか・・・」
高次は米軍の再生能力の高さに半ば呆れかえるようにして呟いた。米国の造船分野の相場を高次も詳しくは知らなかったが、少なくとも日本の常識では僅か数ヶ月の間に正規空母を4隻新たに投入するということは考えられなかった。
何せ、この期間に日本軍が新たに竣工させた空母は改装小型空母の「千歳」のみなのだから・・・
「開戦前から山本五十六大将、山口多聞中将、そして、小沢治三郎中将といった知米派の面々が危惧していたことが現実になりつつあります。米国がその巨大な生産能力を余すことなく、多数の兵器を際限なく前線に送り込み、米軍戦力が急激に膨張し始めています」
「・・・後2~3ヶ月で我が軍と米軍の空母戦力は逆転するな」
高次は指を折りながら彼我の空母戦力に関して吟味していた。
現在日本軍が保有している空母は正規空母5隻、中型空母1隻、小型空母3隻の計9隻であり、これから竣工してくる空母は今年の上半期に限ると正規空母1隻、小型空母1隻のみだ。
それに対して米軍は今回、マリアナの襲来した空母が正規空母4隻、小型空母2隻であり、ラバウル沖海戦で撃沈し損ねたレキシントン級、ヨークタウン級空母各1隻も健在だ。
更にここから最低でも正規空母3隻、小型空母3隻は追加されると計算すると、今年6月時点での米空母の総数は衝撃の14隻という事になる(実際には既に戦列に加わってはいるが、今回のマリアナの戦いに参陣していない米空母も存在するので、この14隻という予測すら甘い)。
「今度の戦いで我が方が勝利を掴み取る事は出来るでしょうか?」
岸田が不安げな様子で高次に聞いてきた。岸田は頭が良い男であり、決して敗北主義者などではなかったが、高次に具体的な彼我の空母戦力差を示されて不安な気持ちになったのだろう。
「兵力を集中して、米軍の圧倒的な戦力に全軍一丸となって対抗する他あるまい。GF司令部が今頃どんな作戦を考えているかは知らぬが、かなり厳しい戦いになることだけは間違いないな」
そう言った高次は、艦橋の外に広がる連合艦隊諸艦艇の姿をじっと見つめるのだった・・・
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