第95話 第8任務部隊

1944年2月7日 マリアナ沖180海里の海域


「・・・もう8ヶ月経過したか。早いものだな」


 TF8(第8任務部隊)を率いているジョン・S・マッケイン中将は、艦橋の外に広がる無限の海原を見つめながら呟いた。


「・・・ラバウル沖海戦ですか」


 TF8参謀長ミロ・ドラエメル少将がマッケインの言わんとしていることをくみ取った。ドラエメルはラバウル沖海戦に軽空母「インデペンデンス」の艦長として参戦しており、乗艦沈没と相まって記憶に刻み込まれている海戦であった。


「・・・そうだ。我が米太平洋艦隊がラバウルの攻略に失敗してから8ヶ月が経過した」


 マッケインは言った。


 ラバウル沖海戦で日本海軍基地航空隊、機動部隊の2本柱を相手取った米機動部隊は大敗の憂き目にあった。


 空母だけでも、「ワスプ」「エセックス」「エンタープライズ2」「インデペンデンス」の4隻が撃沈され、日本海軍との砲戦によって「ワシントン」「サウスダコタ」「アラバマ」の3戦艦が失われている。


 その他にも巡洋艦7隻、駆逐艦11隻が未帰還となり、戦死者は延べ9000名にも上った。


 この海戦によって米軍は南太平洋における制海権・制空権を完全に喪失し、太平洋戦線の主導権は完全に日本軍に掌握されてしまった。


 だが、今は状況が異なる。


 艦隊の中核となるエセックス級空母は新たに5隻が戦列に加わり、インデペンデンス級軽空母に至っては6隻が改装を完了した。


 戦艦にしても新鋭アイオワ級戦艦1番艦「アイオワ」が戦列に加わり、2ヶ月後には「ニュージャージー」も慣熟訓練を完了して太平洋艦隊に配備されることが決定されている。


 主力艦を支える巡洋艦、駆逐艦といった艦艇も多数が配備された。


 これらの新戦力の約半数がこれから開始される「急速奪取ラピッド・テイク」作戦に投入されるのだ。


 これよりが実施される。


 TF8に所属している空母6隻の艦載機を用いてマリアナ3島――――グアム島、テニアン島、サイパン島の日本軍航空戦力を急速に無力化し、その後、陸軍の上陸部隊を大挙上陸させ、マリアナ諸島を占領するのだ。


 潜水艦や長距離偵察機からの報告によると、日本軍の航空戦力は今の所ラバウルとトラック環礁の2カ所に集中して配備されているようであり、マリアナ諸島に展開されている航空機は100機かそこらだ。


 それに対するTF8の総搭載機数は490機であり、日本軍航空戦力との絶対的な戦力差が存在する。


「艦長、新鋭機の様子はどうだ?」


 マッケインは「レキシントン2」艦長トーマス・スプレイグ大佐に気になっていた事を質問した。


 8ヶ月もの時間をかけて増強したのは空母戦力だけではない。その空母に搭載される艦載機も従来の機体から新鋭機に更新されている。


 グラマンF6F「ヘルキャット」にSB2C「ヘルダイバー」。


 F6Fはグラマン社によりアメリカ海軍の主力艦上戦闘機となったF4Fの後継機として開発された機体であり、その最大の特徴は何といっても2000馬力級のエンジンと12.7ミリブローニング機銃6門の重火力だ。


 ヘルダイバーはダグラス社が製造したSBDドーントレス偵察爆撃機の後継機として開発された機体であり、ドーントレスより速度や爆弾搭載量が強化され、機銃もSBDが搭載していた12.7ミリ機銃より強力な20ミリ機銃が搭載された。


 爆弾を爆弾倉内に収納するといった技術進歩が顕著な機体であり、それらが相まって最高速力はドーントレスと比較すると、日本軍のヴァルを遙かに凌駕する480キロメートル/時間まで上昇している。


 以上の2機種がマリアナ急襲作戦で投入される予定であり、他ならぬマッケインも新鋭機の活躍を心待ちにしている人間の一人であった。


「搭乗員の中で初陣の者が占める割合が約50%に達している事が少し気がかりですが、整備員達は新鋭機の扱いに慣れてきたようですし、マリアナ急襲作戦に投入することに関しては何の問題もありません」


 スプレイグは答えた。


 既に「レキシントン2」の飛行甲板には第1次攻撃隊の参加機が敷き並べ始められている。


 F6F14機、ヘルダイバー16機の合計30機が第1次攻撃隊に投入される手筈となっており、同じエセックス級の「バンカー・ヒル」「イントレピッド」「ホーネット2」からも同数の攻撃隊が発進する。


 合計120機の攻撃隊によってマリアナ諸島の制空権を完全に日本軍から奪い取る事をマッケインは期待していた。


 約30分後、攻撃隊参加機の暖機運転が一斉に開始され、「レキシントン2」の飛行甲板上がエンジン音が織り成す爆音で包まれる。


 攻撃隊を発艦させる4空母の周囲では多数のフレッチャー級駆逐艦が展開し、敵潜水艦の襲撃に備えている。


「GO――!!!」


 やがて、F6F1番機から飛行甲板の縁を蹴って順次発艦していき、30機全機が発艦し終えたのは、最初の1機が発艦した約10分後の事であった。


 飛行甲板上では手空き要員が帽振れで攻撃隊の出撃を見送り、マッケインを初めとするTF8司令部も直立不動の姿勢で敬礼を送る。


 マリアナ急襲作戦が始まった瞬間だった。






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