第94話 絶対国防圏
1944年1月4日
1
開戦以来南太平洋を主としていた日本軍の戦略が改められたのは1944年に突入した直後であった。
「ラバウルから全ての航空戦力を引き上げるですと!?」
ラバウルに展開している第24航空戦隊の司令官を務める郡山拓斗少将の素っ頓狂な声が室内で響いた。
13航艦司令部内での出来事であり、13航艦司令長官大西瀧次郎中将、同参謀長富岡定俊少将、同首席参謀入船直三郎大佐、更には陸軍の片山当夜大佐さえも招集されていた。
開口一番、大西の口から「ラバウル撤収」という事が知らされたのだ。
「二つ確認したいことが有るのですが、発言を許可して貰えますでしょうか?」
21航戦司令官の宮田信二少将が挙手し、発言許可を求めた。
「いいだろう、この際だ。本官達に答えられることならば全て答えよう」
大西はそう言い、宮田の発言を許可した。
「ありがとうございます。まず1つ目、このラバウルから全ての航空戦力を撤収させるとの事ですが、米豪分断作戦は断念するという事で宜しいでしょうか? 2つ目は、撤収した各航空隊の再配置先についてお聞きします。再配置先は具体的にどの島・拠点を想定しているのでしょうか?」
「21航戦司令官からの質問だが、一つ目に関してはその通りだ。米豪分断作戦だけではなく、今後、南太平洋では一切大規模な航空作戦は行わないと考えて貰ってかまわない。それに伴いポートモレスビーに展開していた飛行隊(主に索敵機中心の部隊)も同時に撤収させる」
「2つ目の質問に関しては・・・、富岡答えてやれ」
「はっ」
大西が参謀長の富岡少将に話のバトンを渡し、富岡が説明を始めた。
「ラバウルから撤収した航空隊の再配置拠点はトラック環礁の春島飛行場、夏島飛行場、秋島飛行場の3飛行場と既に決まっている。付け加えるとラバウル撤収に伴って第13航空艦隊は解隊となり、膝下の航空隊は全て第11航空艦隊指揮下となることも付け加えておく」
「トラック環礁ですか・・・。正しく中部太平洋の要衝ですな・・・」
宮田がそう呟き、今度は郡山が発言した。
「しかし、随分と急な決定ですな。内地の方で何かあったのですか?」
郡山が質問をぶつけ、他の参加者も確かにと言わんばかりに何人かが頷いた。「ラバウル撤収」の方針決定が余りにも唐突過ぎて、郡山を初めとする各士官が困惑するのも無理は無かった。
「昨年の暮れ、大本営によって『絶対国防圏』なる戦争大綱が承認された」
「『絶対国防圏』?」
聞き慣れない言葉に郡山が首を傾げた。
大本営とは戦時中に設置された日本軍(陸海軍)の最高統帥機関の事であり、昭和18年12月26日に開かれた大本営会議によって「絶対国防圏」なる戦争大綱が正式に承認されたのだ。
絶対国防圏とはすなわち「帝国戦争遂行上、太平洋及びインド洋方面に於て絶対確保すべき要域を千島 、小笠原 、内南洋(中西部)及び西部「 ニューギニア 」「 スンダ 」「 ビルマ 」ヲ含ム圏域トス」という事であり、要約すると「この内部の地域は絶対に死守するライン」となる。
大西が司令部の大テーブルに広げてある太平洋地域が記されている地図に「絶対国防圏」を表す赤いラインを引いた。
日本本土、朝鮮、満州国、樺太南部、千島列島、南方資源地帯、マリアナ諸島、トラック環礁などが赤いラインの内側にある。
今後戦争が進むにつれて、万が一、フィリピンやマリアナ諸島などが陥落してしまう事があったら、日本は重大な危機を迎える。この「絶対国防圏」の策定はそういった危機感の表れなのかもしれなかった。
「成程。次の山場はトラック環礁ですか・・・」
赤いラインが書かれた地図を見つめながら郡山は呟いた。
「トラック環礁に戦力を集中させるのは、海軍だけではありません」
これまでずっと黙って話を聞いていた陸軍第3飛行師団航空参謀片山当夜大佐が口を開いた。
陸軍第3飛行師団はその装備機に鍾馗、隼などの優秀機を多数装備しており、半年前のラバウル航空戦で大活躍した部隊だ。3飛師の存在はこのラバウルにおいて陸海軍の融和を促進するなどの副次的効果をもたらしていた。
「現在、内地では中部太平洋防衛を主任務とする第5飛行師団が編成途上であり、この部隊が実質的にトラック防衛戦に参加する陸軍航空兵力となります」
そう言った片山は第5飛行師団の編成表を見せた。装備機数250機といった所である。
「・・・そういう事だ。詳しい資料は後に配布するので、諸君は準備を開始して貰いたい」
そう言った大西がこの会議を締めくくった。
2
陸軍が航空戦力撤収を決定したのは、ラバウルだけではなかった。
ミャンマー戦線に配置されている航空隊の約5割、中国戦線に配置されている航空隊の約7割の配置転換が決定されており、「加藤隼戦闘機隊」の異名で知られる飛行第64戦隊もトラック環礁に転出することになっていた。
「いやいや、トラックで会えるという新鋭戦闘機は楽しみですな」
第64戦隊第1中隊長中村三郎大尉が揶揄したかのような口調で呟いた。
「全くだ。『隼』で名を轟かせる我が戦隊を機種転換させるというのだから、噂の新鋭機は大したものでなければ困る。少なくともF4Fを圧倒する程の性能はほしい」
第2中隊長宮邊英夫大尉も中村の意見に同調した。
南方の猛者達がトラック戦線で活躍するのはもうすぐ目の前の未来であった・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます