第93話 復活の予兆

1943年11月13日



 高次貫一「鳳龍」艦長は前方から突っ込んでくる敵機を睨んだ。


 TBFアベンジャー。言わずと知れた米海軍の主力雷撃機である。


 開戦以来多数の日本軍艦艇に雷撃を仕掛けている機体であり、昨年の第2次珊瑚海海戦では「赤城」が、半年前のラバウル沖海戦では「瑞鶴」「龍驤」「飛鷹」が撃沈に追い込まれている。


 高次が指揮を執っている「鳳龍」にも魚雷1本を撃ち込まれており、高次にとっても因縁の深い機体であると言えた。


「対空射撃、開始!」


「宜候。左舷高角砲発射準備!」


 高次の命令に砲術長が復唱し、「鳳龍」の左舷に装備されている4基8門の12.7センチ高角砲から砲弾が発射される。


 対空射撃を開始したのは「鳳龍」だけではない。「鳳龍」を守るように右舷側を航行していた秋月型駆逐艦「初月」も4基8門の65口径10センチ連装高角砲を振りかざし、アベンジャーに10センチ砲弾を送り込む。


 「鳳龍」に接近してきていた6機のアベンジャーの内、1機が海面に叩きつけられて消滅し、1機が機体を大きくふらつかせて投雷コースから離脱していく。


 残りの4機が投雷するのと高次が「取り舵!」を命じるのがほぼ同時であった。


 4本の雷跡が「鳳龍」に迫ったものの、命中するかと思われた時に「鳳龍」が転舵し、命中した魚雷はなかった。


「敵機は断続的に来襲してきているが、実際の所は大した数ではないぞ! ここが踏ん張り時だ!」


 高次が「鳳龍」の士気を上昇させるべく、艦内放送を用いる。


 高次の指揮する空母「鳳龍」、そして「瑞鳳」の2隻で編成されている第8航空戦隊が米機動部隊による奇襲を受けたのは、トラック環礁北250海里の海域であった。


 トラック環礁の友軍からの報告によると、敵空母部隊の数は2隻であり、その内1隻はラバウル沖海戦で日本軍を散々苦しませたエセックス級正規空母との事である。


 「鳳龍」と「瑞鳳」はトラック環礁に航空機を輸送した後の帰路に着いている途中であり、各空母に搭載されている固有の航空隊はせいぜい20機程度だ。


 空母戦力は2対2でもこの手持ちの航空戦力では勝ち目は存在しない。


 今は只逃げるのみである。


「もう米機動部隊は戦力を立て直して出撃してきたのですかね?」


 空襲が一区切り付いたタイミングで副長の岸田中佐が高次に問いかけてきた。


「あちらさんの事は詳しくは知らんが、そうかもしれんな」


 僅かに疲れ気味の声で高次は答えた。


「しかし、半年前の海戦で我が軍は空母4隻撃沈、2隻撃破の戦果を挙げています。そんなに短期間で空母を補充することは出来ないと思いますが・・・」


「お前が言っているのは日本軍の常識だな。日本軍が半年で不可能な事でも、かの国なら3ヶ月、いや、1ヶ月で可能だと考えなければならん」


 高次は答えた。


 GF司令部は米軍の再来寇を来年の春以降と予測していたが、それよりも遙かに早いタイミングで反攻が開始されるのではないか――――現に空襲に晒されている高次はそう思った。


「・・・だからこそ、こんな所で貴重な空母を喪失するわけにはいかん」


 高次は呟いた。


 今度日本軍に挑んでくる米艦隊の規模はラバウル沖海戦の比ではない。日米の艦艇が中部太平洋を舞台にして死闘を演じるはずであり、1隻でも多くの艦艇を揃えてこっちも決戦に挑む必要がある。


「『瑞鳳』取り舵! 魚雷回避します!」


「あちらさんもやるな。新任の艦長という事で少々心配していたが、どうやら杞憂だったようだ」


 「瑞鳳」の艦長は服部勝二大佐である。服部大佐は前任が「古鷹」の艦長職であり、航空部隊への配属経験が皆無であったが、巧みな操艦で米攻撃機の投弾、投雷を悉く回避している。


 同じ空母艦長として負けるわけにはいかなかった。


「右舷よりドーントレス2機!」


「面舵一杯!」


 高次が新たな命令を発し、その命令に迷いはなかった。



 内地屈指の工廠である佐世保海軍工廠では新たな空母が産声を上げようとしていた。

 

 軽空母「千歳」。


 去る昭和17年12月28日に水上機母艦から航空母艦への改装工事が始まり、まさに今日竣工した艦である。


 空母の命とも言える搭載機数の零戦艦上戦闘機32型21機、97艦攻9機の合計30機であり(搭載全機を戦闘機にした場合は零戦33機搭載可能)、空母となった「千歳」の初代艦長には三浦艦三大佐が任命されていた。


「遂に空母の新顔第1号が竣工したな」


「本当にこの艦が竣工するのが待ち遠しかったです。『千歳』の艦長に任じられた身としては引き締まる思いですが・・・」


 今日竣工した「千歳」を見にきた鬼瓦猛少将が三浦に話しかけ、三浦がそれに答えた。


「横須賀の方でも『千代田』が改装工事を行っていると聞き及んでいる。こっちも待ち遠しいものだな」


 鬼瓦は呟いた。


 今年の7月より横須賀海軍工廠において「千歳」の準同型艦の「千代田」の空母改装工事も開始されている。改装完了は来年の2月を予定しており、「千代田」が竣工した暁には小型空母2隻が揃い踏みとなる。


 その他にも川崎重工の造船所で建造が進められている帝国海軍の技術を洗いざらいつぎ込まれて建造されている大型装甲空母も竣工を控えており、戦時量産型空母も来年の7月より順次戦列に加わる。


 来るべき決戦ではこれらの艦の活躍なくして勝利をもぎ取る事は不可能と言っても過言ではなかった。







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