第92話 新たな戦端
1943年11月10日
1
第29輸送部隊が生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込まれていたとき、北に1000海里以上隔たったトラック環礁からは多数の迎撃機が発進していた。
「遂にこんな内部にまで来たか・・・」
海軍第608航空隊に所属する須藤幸助飛曹長は目の前で徐々に拡大してくる多数の黒点をじっと見つめながら呟いた。
608航はトラック環礁の春島、夏島、秋島の3島に展開している第11航空艦隊に所属している部隊であり、装備機は開戦以来第1線で活躍し続けている零戦21型だ。
対する米軍はこれまたお馴染みB17「フライング・フォートレス」。ゴツゴツした機体に多数の旋回機銃座を装備している難敵だ。欧州戦線では何百機ものB17が盟邦ドイツの大都市に向かって連日連夜猛爆撃をかけているとの報告ももたらされている。
608航とは初手合わせの機体であり、須藤達の腕の見せ所であった。
「取り敢えずやってみるしかないな」
須藤がそう呟いた時、608航の隊長機が翼を上下に振ってバンクした。「全機突撃せよ」の合図である。
須藤が愛機のエンジン・スロットルを開いて零戦を増速させ、他の零戦も一斉に散開した。従来の迎撃戦では3機一組乃至4機一組となって敵機を迎撃するのが通例であったが、今回の迎撃戦では過去の戦訓を鑑みて1機単位の迎撃を行う事となっている。
須藤機の前方に多数の発射炎が閃き、多数の曳痕が零戦に殺到してくる。
須藤が狙ったB17から放たれる12.7ミリ弾だけではない。周囲のB17も狙われているB17を援護すべく射弾を放ってくる。
これは零戦を閉じ込めて圧殺死させんばかりの「炎の檻」と形容できる光景であり、一度絡め取られれば防御力の貧弱な21型など四散してしまうこと確実であった。
「そこ!」
紙一重で銃弾の網を掻い潜った須藤は発射柄を軽く握って、白い照準環が衝撃によって上下に激しく振動した。
真っ赤な太い20ミリの火箭がB17、1機に突き刺さり、その戦果を確認する前にB17の右脇を通過していく。
戦果を確認している暇はない。この乱戦場では一撃離脱戦法で徹頭徹尾戦うのが賢明である。
B17の後方に抜けた須藤は機体を上昇させ、B17編隊の最後尾に付けている機体に狙いを定める。
最高速度で突っ込んでくる零戦に気づいたB17の旋回機銃から機銃弾が鞭のように振り回されるが、最後尾ということもあり、B17同士の相互協力は困難である。さっきに比べて機銃弾の密度はかなり低い。
須藤は再び、発射柄を握った。
20ミリ弾がまた須藤機より噴き伸びる。
次の瞬間には、20ミリ弾が多数殺到し、狙いを定めたB17に突き刺さる様が想像できたが、須藤機から放たれた火箭が到達する前にB17がばらばらになって木っ端微塵に砕け散った。
「・・・!!!」
須藤機による戦果ではない。乱戦の最中に操縦ミスを犯した1機の零戦がB17の長大な機体にモロに激突したのだろう。
零戦の重量は燃料や弾薬合わせて総量3トンに達する。この重量の鉄の塊が高速で突っ込んできては、B17といえどもひとたまりもない。
ラバウル沖海戦の搭乗員の多数未帰還と航空機材の大量損耗によってトラック環礁に配備されている搭乗員はその約半数が若年搭乗員で占められている。恐らく今激突した零戦に搭乗いていた搭乗員も若年搭乗員だったのだろう。
気を切り替えた須藤は新たな1機に狙いを定めて、今度は狙い過たず20ミリ弾を命中させた。
B17の3番エンジンから盛大に黒煙が噴き出している。どうやら須藤機から放たれた20ミリ弾はエンジン1基を完全破壊することに成功したのだろう。
須藤がB17、2機撃破の戦果を挙げたときには他の零戦も果敢な空中戦によって多数のB17を撃墜破している。
須藤機から確認出来るだけでも10機以上のB17が墜落しつつあり、他にも約同数のB17が機体に赤い炎をチラつかせている。
初手合わせとしてはいい戦いをしているように見えたが・・・
「ここまでか!!」
乱戦を続けている内に、空中戦の戦場はトラック環礁の上空に近づいていたのだ。
もう夏島の飛行場まで殆ど距離がなかった。
B17の編隊が2隊に分かれ、1隊は飛行場に、もう1隊は港湾施設がある方向へと機首を向ける。
程なくして先頭の機体から次々に500ポンドクラスの爆弾が投下され、多数の黒煙が噴き伸び始めたのだった・・・
2
ラバウル沖海戦(日本軍側と同じ呼称)に置いて正規空母3隻、軽空母1隻を失った米機動部隊であったが、海戦から約半年が経過した現在、その戦力回復は凄まじいスピードで達成されようとしていた。
エセックス級空母「レキシントン2」「バンカー・ヒル」「イントレピッド」が戦列に加わり、年明けには更に「ホーネット2」「ワスプ2」が追加される。
エセックス級はラバウル沖海戦最終日の砲撃戦によって2隻が撃沈されてしまっていたが、最大110機を運用することができるその艦体の有用性は十二分に証明されており、アメリカ海軍の希望の星となっていた。
その内、1隻が今、どこかの海域を目指してクエゼリン環礁から出港しようとしているのをまだ日本軍は掴んでいなかったのだった・・・
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