第9章 マリアナ急襲

第91話 孤立する島

1943年11月10日


「よーし。今回は何とかなりそうだな」


 第29輸送部隊旗艦軽巡「那珂」の艦橋に陣取っている高木伴治郎中佐は、水平線の彼方から見えてきたラバウルの稜線を確認して安堵した声を漏らした。


「前回、前々回の輸送作戦は悉く失敗に終わっていますからね。今回こそは確実に成功させなければなりません」


 副長末沢慶政少佐が厳しい現実を引き合いに出して、今回の輸送作戦の重要性を強調した。


 事実、ラバウルに展開している日本軍は窮地に陥っている。


 日本軍がラバウル沖海戦に勝利した直後の6月~8月は大した事はなかったのだが、9月を過ぎた当たりから、空襲の頻度が急増し、輸送線に対する攻撃も頻発するようになったのだ。


 13航艦からの報告によると、飛行場6カ所の内、今の時点で稼働しているのは2カ所との事であり、物資不足に拍車が掛かった事により、稼働機も陸海軍合計して100機程度にまで落ち込んでしまっているとの事である。


「面舵一杯! 後続の艦にも付いてくるように命じろ! 潜水艦の出現に注意!」


「面舵一杯、宜候!」


「潜水艦の出現に注意、宜候!」


 高木が港に着港するために新たな命令を発し、即座にその命令を航海長とソナー長が復唱した。


 基準排水量5595トンの「那珂」が約30秒の時をかけてゆっくりと転舵していき、後続の護衛駆逐艦、物資を満載した輸送船もそれに続く。


「第41駆逐隊、第42駆逐隊本艦に後続します」


 「那珂」の艦橋に僚艦の動きが知らされる。第41駆逐隊、第42駆逐隊は戦時急造の特型駆逐艦3隻で編成された部隊であり、その対潜能力の高さを生かして今回のような輸送任務に積極的に投入されていた。


(ラバウル維持はそろそろ限界かもしれぬな)


 見張り員の報告を聞きながら高木は腹の底で呟いた。


 この第29輸送部隊に随伴している輸送船は1隻当たり1000トンの物資を搭載している船であり、部隊の合計輸送能力は10000トンということになる。物資10000トンというとかなりの数の物資に感じられるかもしれなかったが、在ラバウル日本軍の規模を勘案すると僅か2週間足らずで使い切ってしまう量であった。


 最近の輸送状況鑑みるに、部隊の維持すら困難になるレベルである。


 それに対するガダルカナル島に展開している米軍に規模は航空機400機~500機との事であり、両者の戦力差は凄まじいものとなっている。


 このままでは米軍の膨大な物量に叩き潰されてしまうのは明白であった。


 輸送作戦の指揮を任じられている身としてはそんなことを考えても仕方ないのには違いなかったが――――


「港まで距離1000!」


 新たな報告が、高木の思考を中断させた。


 ラバウルと輸送部隊は目と鼻の先であり、高木は今回の輸送作戦の成功を半ば確信したが、異変が起ったのはまさにその時であった。


「ラバウルの13航艦司令部より緊急電! 『敵重爆部隊貴隊に向かいつつあり!』」


 完全に不意打ちの衝撃的な報告が電信長原田努大尉よりもたらされた。


「なにっ!!?」


 原田大尉からの報告を聞いた高木は目をむいた。


 高木が思わず取り乱したが、高木が取り乱すのも無理からぬ事であった。


 これまでラバウルに対する輸送線寸断にはもっぱら潜水艦が用いられており、航空機が使われることなど皆無であったからだ。


 来襲する敵機の機数にもよるが、B17、B24といった重爆の爆弾搭載量を考えると、鈍足の輸送船団には十分過ぎる程の脅威であった。


「電探室より艦長! 機数30!」


 最近装備された最新の21号電探から敵編隊の規模が判明する。投下される爆弾の総数は12×30=360機となり、命中率3%としても10発は命中する計算である。


「・・・やむを得ん! 部隊全体に散開を命じろ!」


 高木は現在の潜水艦を意識した密集陣形を解除して部隊全体に散開することを命じた。部隊が一時的とはいえ散り散りになってしまうと潜水艦に対する備えがいささか疎かになってしまうが、敵重爆から投下される爆弾の回避率を少しでも上昇させるためにはやむを得ない処置であった。


「対空戦闘準備!」


「対空戦闘準備、宜候!」


 高次が次の命令を発し、砲術長が逼迫した声で復唱した。


「那珂」に装備されている89式12.7センチ連装高角砲1基2門、96式25ミリ三連装機銃2基6門、96式25ミリ連装機銃2基4門、93式13ミリ連装機銃1基2門が一斉に仰角をかけ、天を睨む。


 41駆、42駆の護衛駆逐艦6隻に装備されている高角砲、機銃も同様に天を睨む。


「射撃開始!」


 砲術長が下令し、12.7センチ連装高角砲、25ミリ機銃が一斉に火を噴いた。機動部隊に配備されている秋月型防空駆逐艦と比較すると弱々しい弾幕であったが、天空に向かって突き上がっていく多数の火箭は高木を初めとする「那珂」の全乗員に勇気と安心感を与えるには十分な迫力を持っていた。


 B17、1機が黒煙を噴き出して高度を落とし、その隣を飛行していたもう1機のB17も翼を根元からもぎ取られて海面に叩きつけられる。


 だが・・・


 無情にも多数も爆弾が遙かなる高度4000メートルから次々に投下されたのはその時であった・・・


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 第9章開幕です。


 果たして中部太平洋の要衝マリアナ3島の運命は・・・?


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 霊凰より







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