第90話 「大和」被雷、海戦の終焉
1943年5月31日
1
「敵戦艦2番艦、沈みます!」
「『愛宕』大破! 第5戦隊司令部壊滅の模様!」
「『金剛』総員退艦が下令された模様!」
「敵軽巡1番艦沈黙! 2番艦も大火災!」
海戦が佳境に向かうにつれて「大和」の艦橋にも多数の情報が入ってきた。
「取り舵30!」
「取り舵30、宜候!」
大野は間もなく、敵駆逐艦から放たれるであろう魚雷を確実に回避すべく、「大和」航海長の唐田俊充中佐に転舵を命じ、唐田は即座にその命令を復唱した。
「大和」(主砲以外)「高雄」「摩耶」の砲撃は敵駆逐艦部隊に集中しており、近くで敵戦艦3番艦と渡り合っている「長門」「陸奥」からも「大和」の窮地を救うべく、遅ればせながらも援護射撃が開始されていた。
敵駆逐艦は既に3隻が戦闘・航行不能となってしまったが、健全な艦が「大和」を尚も肉迫にしていた。
「敵駆逐艦2番艦投雷! 4、5、6番艦も同様!」
遂に敵駆逐艦が投雷したことが見張り員より報告される。
多数の雷跡は海面下をひた走り、懸命の回避空しく、2本の魚雷が「大和」の長大な横腹に吸い込まれた。
「総員、被雷に備えろ!」
大野が艦内放送でそう叫んだ直後、突き上げるような衝撃が2度「大和」の艦底部を襲い、長大な水柱が2本舷側に奔騰した。水柱の頂は艦橋からは確認することができない程であり、天空の壁を突き破っているのではないかと思わされる程であった。
「大和」の艦内に多数の海水が流入し、艦体が右舷側に3度ほど傾斜する。
「・・・終わりだな」
衝撃が収まるのと同時に第1戦隊司令官の宮里秀徳少将は静かな声で呟いた。
「艦長、各艦今の戦闘にケリが付き次第、本艦の周りに集合するように発光信号を送ってくれ」
「はっ」
2
約1時間後、「大和」の周りに海戦を生き残った「金部隊」「銀部隊」の艦艇がある程度集まり、砲戦の全容がはっきりとし始めた。
戦果は敵正規空母2隻、新鋭戦艦2隻、巡洋艦5隻、駆逐艦3隻撃沈確実。新鋭戦艦1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦2隻大中破。
被害は戦艦「榛名」「金剛」、重巡「妙高」、軽巡「神通」、駆逐艦6隻沈没。戦艦「大和」「長門」、重巡「羽黒」「愛宕」「高雄」、駆逐艦5隻損傷となる。
「戦果はあがったが、大量の返り血を浴びた格好だな」
「そうですね。沈没艦も多数出ましたし、損傷艦の中でも特に主砲2基を失った『長門』なんかは無残な物です」
宮里が大野に話しかけ、大野がそれに答えた。
「艦隊針路、270度。機動部隊本隊に合流するぞ」
やがて、浸水によって動きが鈍くなった「大和」がゆっくりと転舵を開始し、他の艦艇もそれに習い、現海域から離脱していったのだった・・・
3
1943年6月1日
ラバウルに入港した連合艦隊諸艦艇を在ラバウル日本軍が迎えたのは日付が変わった6月1日の事であった。
「ひとまずは勝ったな」
ラバウルに入港しつつある「鳳龍」の艦上で艦長高次貫一大佐は少し疲れた様子で側に控えていた副長の岸田中佐に話しかけた。
「ですが、ラバウルの航空隊の状況は悲惨なものです」
岸田がそう返した。
「鳳龍」に伝わってきているラバウルの現状は酷いものだ。ラバウルに存在していた陸海軍6カ所の飛行場は悉く使用不能に陥れられており、装備機の9割を喪失してしまったとの事である。
5月29日、5月30日の2日間に渡る航空戦によって撃墜200機、撃破300機の損害を米機動部隊に与えて、1航艦に対するお膳立てをしたラバウル航空隊であったが、その戦果と引き換えにラバウル航空隊は再起不能と思われる損害を被ったのだ。
そして、5月31日に米機動部隊空母7隻に対して決戦を挑んだ1航艦も数の優位を生かして優勢に戦いを進めるかと思われたが、正規空母1隻、小型空母1隻撃沈、空母4隻撃破の戦果と引き換えに、空母「瑞鶴」「龍驤」「飛鷹」沈没という痛すぎる打撃を受け、高次が艦長を務めているこの「鳳龍」も魚雷1本を喰らっている有様であった。
「これからどうなりますかね・・・」
「取り敢えず、今回の戦いに勝って航空戦、その後の砲撃戦で多数の米艦を撃沈し、ラバウルを守り切る事には成功した。だが、これからの戦いでの主戦場は中部太平洋、そして、西部太平洋に移るだろうな」
高次は断定した。ラバウルを巡る戦いはこれで最後になるだろうと高次は読んでいたのだ。
「次の戦いは1944年ですかね」
「そうだな。双方の戦力の回復期間を考慮したとき、次の戦いは1944年になるだろうな」
この時、高次が言った通り、1944年の幕開けと共に、マリアナ・フィリピンを巡る戦いが開幕し、このラバウルの戦いが甘く見えるほどの激闘が始まるのだが、それはもう少し後の話であった・・・
第8章 完
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第8章終了です。
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霊凰より
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