第88話 規格外

1943年5月31日


 「大和」が放った第5射が敵戦艦1番艦に命中し、火災が発生した瞬間は、「大和」の艦橋からも確認することができた。


 米新鋭戦艦の特徴的な塔型の艦橋に火焔が纏わり付くように湧き出し、大量の黒煙が噴出し始めた。


 洋上の火焔地獄さもありなんの光景であった。


「次より斉射!」


「次より斉射! 宜候!」


 大野竹二「大和」艦長が斉射を命じ、その命令を砲術長の榊次郎中佐が大声で復唱する。


「『榛名』取り舵!」


 「大和」が第1斉射を放つまでの間に、新たな報告が入ってきた。


 敵戦艦との砲戦に撃ち負けた、第3戦隊2番艦「榛名」が戦場離脱を試みているのだ。


 「大和」艦橋から見た「榛名」の様子は酷いものであり、4基の主砲塔は悉く潰されている上に、艦橋も上部4分の1程度が吹き飛んでいるという有様であった。


 「榛名」が相手取っていた敵3番艦が「大和」との距離を縮めてくる。敵3番艦の艦長は「金剛」よりも新たに出現した「大和」の方が脅威になると考えたのだろう。


 だが、その敵3番艦の野放しにしておく程、日本軍も甘くはなかった。


 「大和」に後続していた「長門」「陸奥」がほぼ同じタイミングで敵3番艦に対する射撃を開始したのだ。


 そして、「大和」の艦上に主砲発射を告げるブザーが鳴り響き、ブザーが鳴り止むのと同時に「大和」の左舷側が真っ赤に染まった。


 調整射撃のそれより遙かに凄まじい衝撃が、艦全体を激しく震わせ、基準排水量64000トンの世界最大の艦艇が思いっきり右舷側に仰け反った。


 主砲発射時の轟音によって大野の耳の鼓膜は破れ、衝撃によって体そのものが痺れる。


 世界最大の戦艦の斉射というものはこのような物なのか――――そんな思いが大野の脳裏を掠めた。


 敵1番艦の舷側にも火焔がほとばしり、3発の40センチ砲弾が吐き出される。


 そして、敵1番艦が次の射撃を放とうとしたとき、それは起った。


 「大和」の第1斉射弾9発の内、2発が敵1番艦を捉え、更にその内1発は第2主砲の主要防御装甲を喰い破り、その内部で炸裂したのだ。


 給弾ベルト上に乗せられていた40センチ砲弾が一斉に誘爆を開始し、長大な火柱が天高く突き上がった。


 敵1番艦から新たな射弾が放たれる事はなく、その速力もみるみるうちに低下してゆく。


 敵1番艦は完全に戦闘・航行不能になったようだ。


「46センチ砲の破壊力は規格以上だな・・・。米新鋭戦艦をたった1斉射で仕留めるとは・・・」


 大野は感嘆の思いで大炎上している敵1番艦をしばし見つめていた。


 「大和」の第2斉射弾が敵1番艦に向けて放たれるが、それが弾着する前に敵1番艦が海面に吸い込まれ始めた。


 艦が沈没する過程で大量の水蒸気が発生し、艦を覆い尽くしていた黒煙はその規模を急速に減衰させてゆく。


「米新鋭戦艦1隻撃沈確実!」


 その報告が艦内で知らされ、「大和」の艦上が沸き立った。


「目標、敵2番艦!」


 大野は新たな目標を指示した。敵1番艦が撃沈確実となった今、速やかに他の米戦艦に照準を切り替えるべきだった。


 「大和」の艦上にブザーが鳴り響き、敵2番艦に対する第1射を放つ。


 敵2番艦の砲門が「大和」に向けられる事はない。敵2番艦は未だに「金剛」と砲火を交わしているのだ。


 「大和」にとっては敵戦艦撃滅の好機であった。


 「大和」の第1斉射弾3発が弾着し、敵2番艦の前方300メートル付近の海面に長大な水柱が奔騰する。


 「大和」に負けじとばかりに「金剛」も新たな斉射を放つ。健全な前部2基の主砲から4発の36センチ砲弾が発射され、こちらも敵2番艦に殺到する。


 「金剛」の艦上に閃光が走る。


 既に廃墟と化している「金剛」の後甲板から大量の塵が噴き上がり、引き剥がされた角材が次々に海に叩き落とされた。


 「大和」が第2射を放つ直前、敵2番艦にも火焔が発生し、黒煙が後方になびく。


 「大和」が第2射を放つ。


 雷鳴のような砲声が南太平洋に響き、「大和」の長大な艦体が激しく揺さぶられる。


 そしてこのタイミングで「長門」「陸奥」も斉射を敢行する。


 それぞれ第4射で敵3番艦に対して命中弾を得ることに成功した2艦は、「大和」のような新参者に負けぬとばかりに斉射に移行したのだ。


 「大和」が第3射を放つ。


 そして、それが着弾した瞬間、敵2番艦の艦上の爆炎の規模が拡大する。


「次より斉射!」


 大野がそう命じた直後、敵2番艦から新たな斉射が放たれる。砲火の威力は全く衰えていない。敵2番艦に命中した1発は、敵2番艦に大した打撃を与えられなかったのかもしれなかった。


 「金剛」の周りに射弾が着弾する。


 数本の水柱が奔騰し、「金剛」にも2発の40センチ砲弾が命中する。


 敵2番艦もしぶといが、「金剛」もまたしぶとい。


 「金剛」からも次の斉射弾が放たれる。


 「大和」も第2斉射を放つ。


 永久に続くと思われた3隻の戦艦の砲戦だったが、ここで異変が生じた。


 艦橋見張り員から


「敵軽巡2隻、駆逐艦10隻以上、突っ込んできます!」


という報告が飛び込んできたのだった・・・




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