第87話 「大和」初弾発射

1943年5月31日


 「銀部隊」から抽出された「大和」「長門」「陸奥」らの艦艇が砲戦海域に到着したのは、「金部隊」から遅れること約30分後の事であった。


「前方距離50000メートル、噴煙らしきもの多数! 敵艦隊と『金部隊』の物だと思われまーす!」


「まだこの海域にいてくれたか・・・。栗田さんの部隊は敵部隊の拘束に成功しているようだな」


 「大和」艦長大野竹二大佐は見張り員からの知らせに対して満足そうに呟いた。そして、敵情を把握すべく矢継ぎ早に命令を発し始めた。


「敵部隊の状況はどうなっている!」


「敵艦隊、後方で大火災を起こしている空母が1隻! 前方には敵戦艦3隻が第3戦隊『金剛』『榛名』と砲火を交えています!」


「敵巡洋艦2隻沈みつつあり! 駆逐艦10数隻第3戦隊に突撃しつつあり!」


「司令官、どうしますか?」


 敵情をある程度把握した大野は第1戦隊司令官であり、この「銀部隊」の砲戦部隊の総指揮を委ねられている宮里秀徳少将に方針決定を求めた。


 宮里は口を開いた。


「艦隊司令官より全艦。第1戦隊目標敵戦艦、重巡部隊目標米空母、第4水雷戦隊目標敵駆逐艦部隊」


「第1戦隊は距離28000メートルで射撃開始!」


「全軍突撃せよ!」


 宮里が命令を下し、「大和」の後方に追随していた第5戦隊、第4水雷戦隊の各艦艇が一斉に増速を開始し、第1戦隊の3戦艦を追い抜いてゆく。


 敵艦隊と「大和」との距離は縮まりつつあり、「大和」の初弾が発射されるまで後僅かであった・・・



 「大和」らが接近してきていることは「アラバマ」艦長のジョージ・B・ウィルソン大佐も把握していた。


「さて、どうするか・・・」


 そうウィルソンが呟いた直後、「アラバマ」の艦体が大きく身震いし、9発の16インチ砲弾がコンゴウ・タイプ2番艦に向かって放たれた。


 これまで「ハルナ」には16インチ砲弾6発の命中が確認されており、主砲塔1基を使用不能に追い込んだ他、艦橋などの艦上構造物にも多大なる損害を与えていた。


 その代償として「アラバマ」にも「ハルナ」から放たれた14インチ砲弾が4発命中し、高角砲2基、機銃座1基損傷、予備指揮所大破などの損害を被っていたが、いずれも致命傷とは言えない損害に終始していた。


 「アラバマ」が分類されるサウスダコタ級戦艦は防御力が優れているとの触れ込みであったが、どうやらその性能は肝心の実戦で十二分に発揮されているようだった。


「メリル、どうやら戦艦3隻を基幹とする新たな日本艦隊が接近してきているようだ。どうする?」


「・・・そうですね。やはり目の前のコンゴウ・タイプ2隻を片付けてからでないと新たな敵戦艦に砲門を向けることなど夢物語です。ですが、コンゴウ・タイプを叩きのめすまでにはもう少し時間が必要なので駆逐艦部隊に足止めを命じてはどうでしょうか?」


 メリル副長がウィルソンに対して提案をした。ウィルソンにはその提案が現時点ではベストであるように感じられたため、即座にそれを採用し、艦隊無線を用いて駆逐艦部隊に新たに出現した部隊に対する突撃を命じた。


 ウィルソンが駆逐艦部隊に突撃を命じた直後、「ハルナ」から放たれた14センチ砲弾が一斉に着弾し、その内2発が命中弾となった。


 束の間、激しい振動が「アラバマ」の艦橋を襲い、ウィルソンとメリルも思わず大きくよろけた。


「第1砲塔に1発命中! 損害無し!」


「艦尾の非装甲部に命中! 現在損害調査中!」


 2つの報告が入り、「アラバマ」を襲った振動が収まらない内に「アラバマ」は新たな斉射を放つ。


「敵2番艦、火災拡大!」


 すれ違い様に「アラバマ」が放った射弾も着弾し、「ハルナ」の艦体を抉る。


「その調子だ! 叩き潰せ!」


 ウィルソンはそう呟きながら、満足げに「ハルナ」の様子を双眼鏡越しに観察した。


 「ハルナ」の火災が拡大していくのが確認でき、その速力も僅かながらに低下しているように思われた。


(あとちょっとだろ。本艦だけで日本軍の戦艦を2隻は撃沈してやる)


 ウィルソンがそう思った直後、「ハルナ」から発射炎が確認された。


 まだ「ハルナ」は大きく傷つきながらも戦闘力を完全には喪失していないのだ。


 「ハルナ」にとどめを刺すには今しばらく時間がかかりそうだった・・・



 「榛名」の惨状は距離が縮まるに連れて明らかになりつつあった。


「もう少し・・・、もう少しだけ持て。榛名よ」


 大野は苦々しそうな顔をしながら呟いた。


 現在の「大和」と敵艦隊の距離は32000メートルといったところであり、砲撃開始まであと1分であったが、「榛名」が激しく打ちのめされている現状ではその1分が途方もない長さであるように大野には感じられた。


 しかし、その時は来た。


 「大和」の艦上に、主砲発射を知らせるブザーが鳴り響き、ブザーが鳴り終わるのと同時に「大和」が生涯初の第1射を放った。


 各砲塔の1番砲から火焔がほとばしり、分厚い装甲板の鎧に覆われた巨体が大きく震えた。主砲発射時の衝撃は長門型戦艦の比ではなく、46センチ主砲発射時の衝撃はこんな凄まじいものなのかと大野も改めて思い知らされた。


 「大和」の戦いが始まった瞬間であった・・・







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