第86話 新鋭戦艦

1943年5月31日


 「アラバマ」艦長ジョージ・B・ウィルソン大佐はTF41.2に襲いかかってきている日本軍の動きに対して非常に狼狽していた。


「何ということだ・・・、何ということだ・・・・」


 戦艦2隻、重巡2隻を基幹とする20数隻の日本軍水上艦艇に襲われたTF41.2は早くも「総崩れ」の様相を呈していた。


 「カウペンス」と「エンタープライズ2」は脇目も振らずに遁走を開始しており、魚雷2本を撃ち込まれた「エセックス」に関しては遁走の機会すら与えられず敵軽巡、駆逐艦から一方的に砲弾を撃ち込まれていた。


「艦長! ご指示を!」


 A・A・メリル「アラバマ」副長がウィルソンに鋭い声で新たな命令を求めてきた。ウィルソンの声もこれでもかと言わんばかりに上ずっており、事態の緊急性を示していた。


「よっ、よし! 本艦目標敵軽巡! 『エセックス』を救うぞ!」


「はっ!」


 ウィルソンが方針を決定し、砲術長がそれを復唱し、「アラバマ」の3基の40センチ主砲がゆっくりと旋回していく。「アラバマ」は1942年8月12日に竣工した戦艦であり、これが初の実践での主砲発射となる。


 ワシントン条約以前の旧式戦艦と比較すると「アラバマ」の砲術員の腕は未知数であったが、今は各砲術員の奮戦に期待するしかなかった。


 「アラバマ」の各砲塔の1番砲が日本軍を恫喝せんばかりの迫力で咆哮し、3発の40センチ砲弾が敵軽巡に向けて放たれる。


「『ワシントン』射撃開始しました! 狙いは本艦と同様の模様!」


 「アラバマ」の第1射が相次いで着弾し、長大な水柱が奔騰するが、敵軽巡、駆逐艦が回避運動をする様子は確認できない。


 「アラバマ」「ワシントン」に照準を合わせられていた事に気づいていなかったのか、「エセックス」という大物を前にして中々転舵の決断に踏み切ることができないのかは不明であったが、一刻も早く敵軽巡を排除しなければならなかった。


 「アラバマ」が第2射を放ち、「ワシントン」もそれに続く。


 「ワシントン」の第1射も空振りに終わり、「アラバマ」の第2射が着弾する前に「エセックス」の状況がのっぴきならない所まで来てしまっていた。


 当初20ノット前後であった「エセックス」の速力は12~14ノット程度まで低下してしまっており、飛行甲板には火焔地獄が現出していた。


 「アラバマ」が第4射を放った直後、異変が起った。


 敵軽巡、駆逐艦から何か細長いものが次々に投下されるのが確認されたのだ。


「じゃっ、ジャップの艦艇が一斉に投雷しました! 50本以上!」


 突然の一斉雷撃に狼狽した見張り員からの報告が艦橋内に飛び込み、ウィルソンはこのまま敵軽巡に対して砲撃を継続するか、回避運動を行うかの決断を迫られた。


 ウィルソンが取った決断は後者であった。日本軍艦艇から放たれる魚雷の威力は一本で大型艦の動きを封じることすら可能であるということが判明しているからである。


「取り舵10度!」


「アイアイサー! 取り舵10度!」


 ウィルソンが下令し、「アラバマ」航海長フランシス・E・M・ホィッティング中佐が即座にそれを復唱する。


「敵小型艦部隊、2隊に分離します!」


 投雷を終えた敵軽巡、駆逐艦部隊が2隊に分離する。2隊に分離して2隻の空母を一気に噛みちぎってしまおうという魂胆であろう。


 「アラバマ」の左右両舷を多数の雷跡が通過していく。何本かは「アラバマ」の

舷側スレスレを通過していたが、転舵の決断が早かったこともあって命中した魚雷は皆無であった。


「『オバノン』被雷!」


 フレッチャー級駆逐艦1隻の被雷が報告された。「アラバマ」「ワシントン」を狙った魚雷が流れ弾となって不運にも命中してしまったのだろう。


「射撃再開!」


 ウィルソンは舵を戻した「アラバマ」の射撃開始を命じ、再び「アラバマ」の主砲から砲弾が吐き出される。


 3分後・・・


「よし!!!」


 ウィルソンは喝采を叫んだ。敵軽巡の両舷に水柱が奔騰し、狭又することに成功したのだ。


「『サウスダコタ』敵戦艦1番艦に砲撃開始!」


 ここでこれまで沈黙を保っていた「サウスダコタ」がコンゴウ・タイプと思われる敵戦艦に対して射撃を開始し、敵戦艦と勝負しようという姉妹艦の雄志に触発されたのかのように「アラバマ」の砲弾が敵軽巡の艦体に吸い込まれた。


 敵軽巡の艦体が凄まじい光量の閃光が発せられ、それが収まった時、その艦影は綺麗さっぱりと消失していた。


「よし! 駆逐艦は『ワシントン』に任せて本艦はコンゴウ・タイプを相手取るぞ!」


 ウィルソンがコンゴウ・タイプ2番艦――――無線からの情報から判断すると艦名「ハルナ」への砲撃開始を命じる。


「味方巡洋艦部隊4隻沈没! コンゴウ・タイプに全てやられた模様!」


「時間稼ぎにしては上出来だ。後は俺たちに任せておけ」


 ウィルソンは呟く。


 味方巡洋艦4隻沈没という悲愴極まる報告が入ってきたが、その仇討ちを行うかのように「アラバマ」は第1射で「ハルナ」に対して命中弾を得ることに成功する。


「敵戦艦1番艦に直撃弾1確認! 『サウスダコタ』も命中弾を得ました!」


 景気のいい報告が入ってきたのはこの時であった・・・





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る