第85話 高速戦艦肉迫

1943年5月31日


「『瑞鶴』を沈めてくれた借りを10倍にして返してやろう!」


 戦艦「金剛」の艦橋に陣取っている栗田健男第3戦隊司令官は有らん限りの大声で咆哮した。


 栗田は海軍大学校を卒業して以来、そのキャリアの殆どが艦船勤務で構成されている士官であり、職歴には駆逐艦「峯風」「矢風」、軽巡「阿武隈」、戦艦「金剛」などの艦艇がズラリと並んでいる。


 今年54歳の栗田の声は普段は静かなものであったが、今日この時ばかりは心の内に留めていた闘志を全て出し尽くさんばかりであった。


 約3時間前から米機動部隊に向かって進撃していた日本軍各部隊の中で、「金部隊」に所属していた「金剛」以下20数隻の艦艇が真っ先に敵「猿部隊」を捉え、駆逐艦部隊が砲門を開いたのは数分前の事であった。


 「金剛」の艦橋から確認できるだけでも3隻の米空母が確認できたが、それに「金剛」の36センチ砲弾をぶち込むためには前方で防衛線を構成しつつある敵重巡、軽巡、駆逐艦を排除する必要があった。


「『金剛』目標1番艦、『榛名』目標2番艦、蹴散らせ!」


「目標敵巡洋艦1番艦!」


 「金剛」艦長伊集院松治大佐が射撃指揮所に命令を送り、36センチ連装砲塔がゆっくりと旋回していく。


「砲撃始め!」


 伊集院の声と共に各砲塔の1番砲が火を噴き、重量800キログラムの砲弾が流星の勢いで飛翔していった。


 第1戦隊の「大和」の46センチ主砲、「長門」「陸奥」の40センチ主砲と比較すると僅かに口径は劣るが、相手が隠したの1万トンクラスの重巡洋艦であれば、2~3発の命中弾で主要防御装甲を喰い破って轟沈に追い込むことが可能なはずだ。


「『榛名』撃ち方始めました!」


「『妙高』撃ち方始めました!」


「『羽黒』撃ち方始めました!」


「第2水雷戦隊突撃します!」


 後部見張り員が僚艦の動きを次々に報告し、「金剛」も負けじと言わんばかりに第2射を放った。


 「金剛」の第1射が最初に落下した。


 4本の水柱が敵1番艦の前方150メートルの海面に奔騰する。第1射は空振りに終わったのだ。


「敵1番艦射撃開始! 2、3、4番艦続きます!」


 艦橋見張り員が敵巡洋艦部隊の動きを知らせた。敵巡洋艦部隊の各艦長も空母を死守すべく反撃を命じたのだろう。


 「金剛」が第3射を放つ。


 雷鳴のような砲声が南太平洋の海域に響き、主砲発射時の衝撃を基準排水量31720トンの艦体が受け止める。


「来るぞ!」


 すれ違い様に敵1番艦から放たれた20センチ砲弾が着弾し、敵2番艦の砲弾までもが「金剛」の付近に着弾した。


 命中弾は0だ。「金剛」の老体はまだ無傷を保っている。


 「金剛」が始めて命中弾を得たのは第5射が着弾した瞬間であった。敵1番艦の艦上にめくるめくる閃光が走り、大量の破片が空中へと散乱するのが確認された。


 敵1番艦がまだ健在とばかりに第8射を放つが、その砲声はさっきよりも格段に弱々しいものとなっていた。敵1番艦に命中した36センチ砲弾は敵1番艦の主砲の1~2基を破壊したのかもしれなかった。


「次より斉射!」


 伊集院が叩きつけるように砲術長に命令し、「金剛」の主砲がしばし沈黙する。


 主砲が沈黙している間に「金剛」の後部から鈍い衝撃音が3度響いた。敵2番艦の20センチ砲弾が「金剛」の艦体に命中したのだ。


「第4高角砲大破!」


「第2主砲に命中弾1、主砲健在!」


「水上機破損!」


 一時に3発の命中弾が発生したが、4基の主砲は健全だ。主砲が健在である限り「金剛」は戦艦として戦い続ける事ができる。


 「金剛」の被弾と前後して第6戦隊「妙高」にも直撃弾が発生している。


 こちらには2発が命中し、第3主砲が使用不能となった他、艦首に命中した1発によってその速力が28ノットに低下した。


 「金剛」がこの日初めてとなる斉射を放った。


 そして、それが着弾した時、敵1番艦は「巡洋艦」から「燃える鉄塊」へと変わり果てていた。


 命中した36センチ砲弾が敵1番艦の艦内深部で炸裂し、弾火薬庫の誘爆を誘ったのだろう。


 敵2番艦も敵1番艦の後を追う。


 「榛名」から放たれた36センチ砲弾4発が直撃した敵2番艦はまだ沈む気配こそなかったが、地を這うような速力まで脚が失われており、艦の後部は完全に黒煙で包み込まれていた。


「『妙高』大火災!」


 第3戦隊が手早く2隻の敵巡洋艦を撃沈することに成功したが、このタイミングで「妙高」が屈した。敵5番艦、6番艦によって多数の15.5センチ砲弾を撃ち込まれた「妙高」はその戦闘力を一寸刻みに削り取られて、最終的に失血死したのだ。


「他の部隊はどうなっている?」


「どうやら『神通』以下の第2水雷戦隊も砲門を開いているようです」


 栗田の問いに対して伊集院が即座に返答した。


「よし! 目標敵3番艦!」


 栗田の決断に躊躇はなかった。空母の撃沈は軽巡以下の艦艇に任せて、第3戦隊、第6戦隊は目の前の敵を排除することに集中することにしたのだ。


 程なくして「金剛」「榛名」の36センチ主砲が新たな攻撃目標へ砲撃を開始したのだった・・・





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