第84話 翻るZ旗
1943年5月31日
1
「『金剛』『榛名』取り舵! 『羽黒』『妙高』続きます!」
「おー、いってこい、いってこい」
高次貫一「鳳龍」艦長は魚雷命中によって僅かに傾斜した「鳳龍」の艦橋から声援を送った。
現在の「金部隊」の位置はラバウル北5海里の地点であり、今日の戦闘開始時点の位置比較すると東に100海里以上移動していることとなる。各艦の乗員達はこの急激な艦隊位置の変化に半ば戸惑っていたが、高次にはこの動きが米機動部隊を葬るための布石だということに勘づいていた。
「やる気ですかね。上層部は」
「南雲さん(1航艦長官)は水雷畑出身だ。やるだろうな」
副長の岸田中佐の問いに対して高次は即座に断定した。
やがて「金部隊」から離脱した一部の艦艇は水平線上に消えていったのだった・・・
2
「『インデペンデンス』、『エセックス』の状況はどうだ?」
TF41.2所属の軽空母「カウペンス」の砲術の指揮を預かっているジョージ・R・ヘンダーソン中佐は僚艦の状況をしきりに気にかけていた。
「無線の通信状況が非常に錯綜しているため正確な情報ではないかもしれませんが、『インデペンデンス』はダメなようです。『エセックス』は何とかなりそうですが・・・」
第2分隊長のスティーブン大尉が答えた。
約2時間前に行われた日本海軍の第3次攻撃隊によってTF41.2に所属している正規空母2隻、軽空母2隻の内、実に3隻が大損害を受けた。
軽空母「インデペンデンス」に爆弾4発、魚雷1本、正規空母「エセックス」に魚雷2本、同「エンタープライズ2」に爆弾1発が命中したのだ。
ヘンダーソンが乗艦している「カウペンス」にも至近弾3発が発生し艦の出しうる最高速力が29ノットにまで低下してしまっている有様である。
損傷に耐えきることが出来なかった「インデペンデンス」では既に「総員退艦」が艦長によって下令されており、「エセックス」の状況も予断を許さないものとなっていた。
TF41.2の空母部隊は敗残兵を思わせるような状態となっていたのだった。
「司令部は方針変更するかね」
ヘンダーソンは方針変更について言及した。TF41が空母2隻沈没、4隻損傷という損害を受けた今、今回の戦いの戦略目標である「ラバウル占領」は不可能かもしれないとヘンダーソンは考えたのだ。
「今の所そのような報告は入ってきていませんが、可能性は大いにあるでしょうな・・・」
スティーブンはヘンダーソンの意見を肯定した。
「それか、今からラバウルの基地に対して戦艦部隊が艦砲射撃をぶっかけるかだな」
ヘンダーソンはあり得そうな事を思いついた。戦艦部隊の巨砲でラバウルの日本軍基地を大いに叩きのめすことができれば、なるほどラバウル上陸も容易くなる。
「しかし、航空戦力の大半を喪失したこの状況下で戦艦部隊単体を切り離すのは少々無謀ではありませんか? 日本軍機動部隊はまだいくらか健在のようですし・・・」
「だが、そうなると・・・」
ヘンダーソンが尚も何かを言いかけた時、「カウペンス」の艦上に敵来襲を知らせるブザーが高らかに鳴り響いた。
「んっ!? 空襲か?」
この3日間日本軍航空機と死闘を演じていただけにヘンダーソンは本能的に敵機来襲に対して身構えたが、次の瞬間に起った事象がヘンダーソンの考えを完全に否定した。
遙か彼方から砲弾の飛翔音が響き、僅かの間を置いて長大な水柱が奔騰したのだ。
「まさか・・・、そんなことあるか?」
ヘンダーソンが急激な状況の変化に狼狽していると、新たな飛消音が一塊となってTF41.2に殺到してきた。
「カウペンス」の後方400メートルの海面が大きく盛り上がった。ニューヨークの摩天楼を思わせるような海水の柱が突き上がり、その頂は「カウペンス」の射撃指揮所からは視認できないほどであった。
「カウペンス」の艦底部から鈍い衝撃が連続して伝わってくる。重量500キログラムを超えるであろう砲弾が着弾したときの衝撃は、軽巡改装の軽空母の艦体を揺さぶるには十分であった。
ヘンダーソンが双眼鏡越しに砲弾が飛んできた方向を見てみると多数の日本軍所属の艦艇が視界に入ってきた。
「来てるぞ!」
そうヘンダーソンが叫んだときには「カウペンス」の艦上は騒然となっていた。
「カウペンス」の速力が巡航速度の18ノットから徐々に上昇していき、「エセックス」「エンタープライズ2」も取り舵を切って敵部隊とも距離を確保しようとしていた。
次々と空母が避退を開始する中、「エセックス」の動きは非常に緩慢であった。艦底部を2カ所抉られているため、従来のような素早い転舵を行うことは不可能なのだ。
三度飛翔音が響き、「エセックス」の周りの海面に多数の水柱が囲い込むように林立した。
「逃げろ! 『エセックス』!!」
ヘンダーソンが「エセックス」の無事を願った時、「エセックス」の飛行甲板に2発の砲弾が吸い込まれた。
「・・・!!!」
「エセックス」の飛行甲板2カ所に直撃弾炸裂の閃光が走り、真っ黒な黒煙がこれでもかと言わんばかりの勢いで噴出し始めた。
早すぎる「エセックス」の損傷にヘンダーソンは大いに戦慄したが、これは長い長い砲撃戦の序曲に過ぎないのだった・・・
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