第83話 鳳龍

1943年5月31日


 米軍の第5次空襲が約20分前から始まり、「鳳龍」にも多数の敵機が殺到してきていた。機数は60機程度とこれまでの空襲と比較すると機数は少なめであったが、それでも損耗に次ぐ損耗を重ねている1航艦には強敵には違いなかった。


「敵艦攻5機、右60度!」


「ドーントレス4機、左135度!」


「左右同時か、米軍の皆さんもちょっとは知恵を付けてきたかもな」


 見張り員からの報告に「鳳龍」艦長高次貫一大佐は舌打ちしながら呟いた。


 片舷からの攻撃と比較して両舷からの挟撃は厄介極まりない代物だ。一方の回避に努めれば、もう一方に脆弱な脇腹を晒してしまうこととなり、格好の的となり得てしまうからである。


「面舵!」


 高次はドーントレスよりも魚雷を搭載しているアベンジャーの方が脅威が高いと瞬時に判別し、航海長に転舵の命令を下した。「鳳龍」着任前、護衛空母「大鷹」の艦長として輸送任務に従事していた高次は魚雷の危険性を正しく認識していたのだ。


 上方よりドーントレスから発せられる気味の悪いダイブ・ブレーキ音が聞こえてきた。


 もう少しでドーントレスの1番機が「鳳龍」の12.7センチ連装高角砲の射程に入ろうとしていたが、その前に「金部隊」に所属している2隻の戦艦が動いた。


 「金剛」「榛名」の2艦の前甲板に凄まじい光量の発射炎が閃き、対空戦闘御用達の三式弾が発射され、それに負けじとばかりに高角砲群も一斉に火を噴いた。


 凄まじい量の弾片が遙かなる高みから突っ込んでくる不埒者連中に叩きつけられ、3機のドーントレスが立て続けに火を噴き、墜落に転じた。


 更に1機のドーントレスの右翼が根元から引きちぎれ、そのドーントレスは駒のような軌道を描きながら海面に盛大な水柱を吹き上げる。


「一部のドーントレス投弾!」


「当たらんよ」


 見張り員がドーントレスの投弾を知らせてきたが、投弾高度は2500メートルといったところであり、全く脅威にはならない。投弾というより急降下爆撃を諦めて爆弾を投げ捨てていったという方が正しいだろう。


 ドーントレスの搭乗員は戦艦から放たれた三式弾の迫力に怖じ気づいたのかもしれなかった。


「敵降爆3機『金剛』に急降下!」


 「金剛」「榛名」の対空砲火が手強いと見たのか、一部のドーントレスが狙いを空母から戦艦に切り替えているのが確認できた。


 狙われた「金剛」「榛名」の乗員は気の毒だが、2隻の戦艦は己に攻撃を吸収させることによって空母護衛の任務を十二分に果たしていると言えた。


「この戦いを生き残る事が出来たら後輩をねぎらいにいかなきゃならんな」


 高次は自身の後輩に当たる伊集院松治「金剛」艦長の名前を呟いた。


 やがて射程距離に入ったのだろう、「鳳龍」の左右両舷合計16門の高角砲が咆哮を上げ、重量20キロ声の砲弾を流星の勢いで発射した。


 「鳳龍」の側に付き従っている2隻の陽炎型駆逐艦からも援護射撃が飛び、「金剛」「榛名」も引き続きドーントレス群に射撃を集中する。


 このタイミングで僚艦の「翔鶴」に取り付いていたドーントレス・アベンジャーが一斉に投弾・投雷を敢行した。


が、岡田為次「翔鶴」艦長の操艦が冴え渡り、最終的に命中弾は0となった。


 「鳳龍」の舵が利き始めるのと尚も「鳳龍」目がけて突っ込んできていたドーントレスが投弾したのがほぼ同時であった。


 1発目が至近弾となり盛大な水柱を噴き上げ、2発目も「鳳龍」の飛行甲板を捉えることはなかった。


「危ない、危ない・・・」


「アベンジャー投雷してまーす!」


 見張り員からの声に反応した高次が海面付近を覗いたのと、対空砲火を切り抜けて「鳳龍」をここまで肉迫にすることに成功したアベンジャーが次々に投雷したのがほぼ同時であった。


 アベンジャーから放たれた魚雷の雷跡を視認することはできなかったが、5条の雷跡が「鳳龍」目がけて突っ込んできているのは確実であった。


 「鳳龍」の右舷に隙間なく敷き並べられている25ミリ3連装機銃が海面に対する斉射を開始する。


 「鳳龍」の右舷機銃座の指揮を執っている第5分隊長原本翔太朗大尉は機銃弾による魚雷の弾頭の破壊を試みているのだろう。


「よし、躱せる」


 そう高次が呟いたとき、「鳳龍」の右舷側を3本の雷跡が、左舷側を2本の雷跡が通過していくのが確認された。


「左舷より新たな雷撃機!」


「何っ!!?」


 新たな報告に完全に不意を突かれた高次が反射的に左舷側に振り向いたとき、既に4機のアベンジャーが投雷を完了し、離脱しようとしていた。


「舵もど・・・」


 大慌てで高次は舵の修正を命令しようとしたが、それを言い終わる前に艦底から20年前の関東大震災を彷彿とさせるような凄まじい衝撃が突き上がってきた。


 30ノット以上の速度で驀進していた「鳳龍」の艦体が大きく痙攣し、喰い破られた艦底部からは大量の海水が流入してきた。


 敵機はほぼ全て投弾・投雷を終えており、空には静寂が戻りつつあった。


 このラバウルを巡る最後の航空攻撃が終わった瞬間であった・・・


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霊凰より

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