第82話 力の限り

1943年5月31日



 大枝機が輪形陣の内部に侵入したとき、1航戦、2航戦、3航戦の各空母から発進した97艦攻は約7割が残存していた。


 健全な97艦攻はほぼ全ての機が海面付近まで降下し、突撃を開始していた。


 その内の一つ、「飛龍」「蒼龍」隊を束ねた部隊の先頭に立っていたのは「飛龍」艦攻隊隊長吉村智則少佐だった。


 吉村は元々ラバウル航空隊に所属していた艦攻乗りであり、第2次珊瑚海海戦の前哨戦となった敵輸送線寸断作戦に従事していた男であり、この作戦で少なくとも輸送船2隻を撃沈している実績を買われて1943年の初頭に基地航空隊から母艦航空隊に転属となったという経緯があった。


「隊長! 99艦爆が!!!」


 吉村機の偵察員席に座っている鎌田俊賴飛曹長が短く叫び、吉村も反射的に99艦爆がいるであろう上空を見つめた。


 敵艦4隻の火災が確認でき、敵部隊の鉄壁の輪形陣に3カ所の風穴が開けられた。


 この戦いから艦爆隊の半数程度は敵護衛艦の攻撃を割り振られる事となっており、99艦爆の搭乗員達はこの命令に忠実に従ったのだ。


 敵艦から発せられた火災煙によって海面付近は覆い隠されつつあったが、吉村の目は輪形陣の風穴をはっきりと捉えていた。


 敵の護衛艦艇は完全に沈黙している訳ではない。巡洋艦、駆逐艦は高角砲・機銃を振りかざして敵機の侵入阻止に努めており、戦艦は主砲まで動員して対空射撃を行っていた。


 海面に撃ち込まれた大小様々な砲弾によって海面は怒り猛り狂ったかのようになっており、97艦攻のような矮小な存在などたちどころに砕け散ってしまうのではないかと思わせる程の迫力であった。


 吉村は操縦桿を前方に前に倒した。


 海面付近を進撃していた97艦攻の機体が更に降下し、波の波頭や、弾片落下による飛沫までもがはっきりと見て取れた。


「蝶野機被弾! 『蒼龍』隊も1機撃墜された模様!」


「了解!」


 2機が墜とされ、残存9機となった混成隊だが、吉村の闘志は全く衰えていない。最低1~2本は敵空母に命中させてやろうという気概が吉村から感じ取る事が出来た。


 突如として吉村機の前方の景色がガラリと変わった。


 吉村機が輪形陣の内部への侵入に成功したのだ。


「いたな」


 輪形陣内部に位置している2隻の正規空母を視界に捉えた吉村は力強く呟いた。


 翔鶴型を超える艦体に長大な飛行甲板を装備している。索敵機からの報告にあった米海軍新鋭空母で間違いないだろう。


「川崎機被弾! 続けて沢元機被弾!」


 対空砲火が激しさを増し、2機の97艦攻が失われたが敵空母までの距離は500メートルを切っている。


「敵空母変針!」


 鎌田が対空砲火の轟音をはじき返さんばかりの大声で叫ぶ。


 敵正規空母1番艦は転舵しつつある。迫り来る艦攻に対して向ける面積を最小にしようと試みているのだろう。


「1機被弾!」


 鎌田が僚機の撃墜報告を知らせてくるが、それらはもう吉村の耳に聞こえてくることはない。


 吉村は既に敵空母への投雷に対して全神経を集中させていたのだ。


 敵空母までの距離が400メートル、250メートルと迫り、100メートルとなった所で吉村は魚雷の投下レバーを思いっきり引いた。


 最終的に敵正規空母に対して投雷に成功した機体は7機であった。


 7条の雷跡が海面下をひた走り、その内2本が敵空母の下腹に吸い込まれた。


「2本命中! 艦尾付近と艦首付近に各1本命中!」


「十分だ!」


 混成隊は多数の犠牲を払ったものの、敵正規空母への雷撃を成功させたのだった・・・



「ケイト、来ます!」


「射撃開始! 1機残らず叩き落とせ!!」


 TF41.2旗艦「エセックス」の舷側に2本の水柱が奔騰したとき、「カウペンス」にもまた10機前後のケイトが迫ってきていた。


 「カウペンス」の右舷側を固めている重巡「タスカルーサー」とフレッチャー級駆逐艦3隻が対空戦闘を継続しており、「カウペンス」の両舷からも40ミリ機関砲、20ミリ機関砲がその銃身を真っ赤に染めながらケイトに対して射弾をぶち込む。


「ケイト1機撃墜! また1機撃墜!」


「射撃を継続しろ! ケイトの脚は速いぞ!」


 第2分隊長として「カウペンス」の20ミリ機関砲の指揮を任されているスティーブンが報告を上げ、ヘンダーソンがそれに素早く返答する。


 また1機のケイトが火を噴いた。


 エンジンに40ミリ弾の一撃を喰らい、航空機の推進力の源たる馬力を一瞬にして喪失してしまったケイトが海中に消え、その隣を進撃していたもう1機のケイトもその後を追うかのようにして海面に滑り込んだ。


 「カウペンス」の艦体が不意に左に振られた。


 対空砲火だけではケイトを完全に防ぎきる事は出来ないと踏んだ艦長が、操舵室に転舵を命じたのだろう。


「インデペンデンス被雷!」


「やられたか!」


 ヘンダーソンが身を乗り出して周囲の様子を確認すると、インデペンデンス級軽空母のネームシップである「インデペンデンス」の艦体が大きくわなないているのが確認できた。


 昨日の航空戦の時点で既に下腹を抉られていた「インデペンデンス」はケイトの猛攻を躱しきる事ができなかったのだろう。


 そして、「カウペンス」に追いすがっていたケイトも次々に投雷し、離脱していく。


 ヘンダーソンに出来ることは「カウペンス」が「インデペンデンス」の後を追うことがないように願う事のみであった・・・





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