第81話 最後の拳
1943年5月31日
1
真珠湾、インド洋、珊瑚海で何回も繰り返された光景がまた始まろうとしていた。
日本軍機動部隊から放たれた3回目の攻撃隊がTF41.2に接近してきたのだ。
「TF41.1の奴らの後を追うのは御免だ」
軽空母「カウペンス」砲術長ジョージ・R・ヘンダーソン中佐は蒼空から進撃してきているであろう約150~200機前後の敵機に対して敵愾心を剥き出しにしていた。
「カウペンス」の艦上に警戒警報が鳴り響く。
軽巡改装の艦体に乗せられている全長190メートルの飛行甲板から13機のF4Fが次々に発艦しつつあり、旗艦「エセックス」、飛行甲板の損傷の応急処置を終えた「エンタープライズ2」からも各20機前後のF4Fが出撃を開始する。
3空母の艦上では手空きの士官や水兵が歓声を上げ、声援を送っている。自分達の艦隊を守るために出撃していく搭乗員に対してあらん限りのエールを送ろうとしているのだ。
「こんな南太平洋で死にたい奴はいないからな」
狂乱騒ぎとなっている飛行甲板上を見つめながらヘンダーソンは苦笑した。この戦いで合衆国軍が日本海軍を打ち破りラバウルの占領に成功すれば、合衆国の歴史に輝かしい1ページを紡ぐことになるが、その勝利のために自分が死んでは元も子もない。
独善的な考え方かもしれなかったが、少なくともヘンダーソンはそう考えていた。
「それにしても日本海軍の奴らもしぶといですな」
ヘンダーソンの側に控えていた第2分隊長のスティーブン大尉が話しかけてきた。
何も言わずにヘンダーソンは頷いた。
事実、日本海軍基地航空隊・機動部隊との航空戦は3日目に当たる今日になっても熾烈を極めている。
当初、TF41には7隻の空母が配備されていたが、その過半が戦列から既に失われている。
空母「ワスプ」が沈没、歴戦艦の「サラトガ」の航行不能に追い込まれ、「ヨークタウン」、「インデペンデンス」、「エンタープライズ2」も艦体に何らかの傷を負っている。
空母を守る護衛艦艇も軽巡2隻、駆逐艦6隻が沈没しており、それと同じくらいの艦艇が被弾損傷している。
「我が方にも無視できない損害が発生しているのは事実だが、日本海軍の空母も次々に沈めている。日本海軍が放てる攻撃隊はこれで最後であろう」
TF41はこの日、3回に渡る攻撃を仕掛け正規空母1隻、軽空母1隻を撃沈、中型空母1隻航行不能、軽空母1隻中破の損害を与えている。事前情報に基づく日本軍の空母隻数が11隻のため、もうあっちにも持ち駒がないだろうというのがヘンダーソンの読みであった。
「そう考えると日本軍の空母戦力は案外大したことがなかったのかもしれませんな。それか我が軍の物量が凄まじかっただけか・・・」
「その両者の圧倒的な物量差を日本軍に早く認識してもらいたいものだよ。そうすれば、俺たちもハワイか本国でバカンスに打ち込めるからな」
「いやぁ、本国に帰ったら・・・」
「大尉。配置に付きたまえ。日本軍機が来たようだぞ」
ヘンダーソンとスティーブンが話している間に空中戦の戦場は徐々にTF41.2の戦場に近づきつつあったのだった・・・
2
第1次攻撃隊に続いて第3次攻撃隊にも参加している「隼鷹」艦爆隊長敏大尉が搭乗している99艦爆は気息奄々の状態になっていた。
F4Fから放たれた12.7ミリ弾を数発被弾した大枝機は補助翼を吹き飛ばされた上に、燃料タンクの損傷によって燃料タンクからも僅かながらに燃料が漏れ出しているといった有様であった。
何も被弾損傷しているのは大枝機だけではない。敵機動部隊を視界に捉える前までに99艦爆・97艦攻合わせて15機以上が撃墜されており、現在進行形でその損害は拡大しつつあった。
「隼鷹」艦爆隊も数を撃ち減らしている。
腹に抱えている250キロ爆弾に射弾を撃ち込まれた7番機が木っ端みじんに砕け散り、エンジンに被弾した5番機が大量の白煙を吹き出しながら海面へと落下していく。
「不味いな。たたでさえ航空隊の損害が酷いのに」
第3次攻撃隊は「瑞鶴」「龍驤」が沈没し、その時の残存9空母から発艦した航空隊で構成されており、その総機数は戦爆雷合わせて150機を僅かに超える機数でしかない。
その150機もF4Fの熾烈な迎撃戦によって次々に撃墜されているという有様であった。大枝もこの状況には憂慮せずにはいられなかったが、今の大枝にできることはF4Fの熾烈な攻撃を耐え忍ぶことのみであった。
更に5機ほどの味方機を失った所で、攻撃隊は輪形陣の内部への侵入に成功した。
正規空母2隻、軽空母2隻を多数の艦艇が守っている――――1航艦司令部呼称「猿部隊」で間違いないだろう。
艦爆隊の側に付き従っている零戦は極めて少数だ。
多くの零戦が今現在も低高度へと高度を下げつつある艦攻隊の側に付き従っているのだ。
最終的に97艦攻が雷撃に成功しないと攻撃自体が成功と見なされないことを勘案すると仕方がなかったが、周りに零戦が僅かしかいないというのは少々心細かった。
輪形陣の内部に侵入しつつあるのにも関わらず、F4Fの迎撃が収まることはない。
同士討ちの危険があったが、米軍ももうなりふり構っていられないのだろう。
ここからが第3次攻撃の正念場だった・・・
(第82話に続く)
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