第78話 殴り合い
1943年5月31日
「午前の航空戦だけで航空機200機弱、空母2隻喪失か・・・」
1航艦旗艦「加賀」の艦橋の司令長官席に腰をかけていた南雲忠一中将は目をつむりながら、思案にふけっていた。
――早朝、「加賀」「蒼龍」「翔鶴」の3空母から発進した二式艦偵の敵機動部隊を相次いで発見したのは午前7時の事であった。
「敵艦隊発見。位置『ラバウル』東155海里。正規空母2、小型空母2、戦艦3、巡洋艦・駆逐艦多数」
「敵艦隊見ゆ。位置『ラバウル』東145海里。正規空母2乃至3、護衛艦艇多数」
の2つの報告がもたらされ、1航艦司令部は前者を「猿部隊」、後者を「犬部隊」と命名した。
発見された機動部隊はこの2群のみであり、ラバウル航空隊からの報告にあった英軍機動部隊は未発見であり、ラバウルの南の海域に米機動部隊と離れて展開していると予想された。
いずれにしても発見されたこの2群の敵機動部隊を1航艦が全力で叩かなければならないということには変わりなかった。
当初、南雲は「犬部隊」と「猿部隊」に対してまず1回ずつの攻撃を仕掛けようとしたが、参謀長の草鹿竜之介少将が異議を唱えた。
草鹿は「犬部隊」乃至「猿部隊」のどちらかに攻撃隊全機を持って集中攻撃を仕掛け、その部隊に存在している空母全てを確実に撃沈するべきだと主張したのだ。
この方針に対して参謀の数人が反対意見を述べたものの、最終的には南雲は草鹿の意見を正式採用した。
第1次攻撃隊は第1航空戦隊より零戦33機、99艦爆27機、第2航空戦隊より零戦24機、99艦爆24機、第3航空戦隊より零戦42機、99艦爆36機。
第2次攻撃隊は第1航空戦隊より零戦21機、99艦爆18機、97艦攻27機、第2航空戦隊より零戦6機、99艦爆12機、97艦攻30機、第3航空戦隊より零戦18機、99艦爆10機、97艦攻54機。
以上の機数が敵「犬部隊」に襲いかかったのだ。
そして、半ば予想されていたことではあったが、航空隊は敵機動部隊の迎撃機と強烈な対空砲火に阻まれて多数の被害を出した。
これらの機体の中で攻撃終了後に帰還してきたのは約7割といったところであり、それに対する戦果は微妙の一言に尽きる。
「犬部隊」の空母1番艦に爆弾8発、2番艦に爆弾4発、魚雷3本、3番艦に爆弾3発、魚雷2本の命中が確認されたが、撃沈できた空母はせいぜい2番艦1隻といったところであろう。
空母3隻を守っていた護衛艦艇にも10隻近くの艦に命中弾を与えたとの情報もあったが、それらの中で撃沈に追い込めたのは軽巡、駆逐艦合わせて3~4隻くらいであろう。
第1次珊瑚海海戦、第2次珊瑚海海戦で今回よりも遙かに少ない機数で正規空母各1隻ずつを撃沈できたことを考えると、米機動部隊の進化を感じさせるような結果であった。
翻って1航艦の方に視点を移すと、米艦載機の猛攻によって多数の被害が既に発生してしまっている。
こちら側の攻撃回数2回に対して、「金部隊」が2回(内1回は英機動部隊によるもの)、「銀部隊」が1回の空襲を喰らった。
「金部隊」に対する1回目の空襲では3航戦旗艦「鳳龍」と2番艦「翔鶴」に攻撃が集中したものの、「鳳龍」艦長高次貫一大佐、「翔鶴」艦長岡田為次大佐の卓越した操艦によって命中弾を見事に0に抑える事に成功した。
だが、続く空襲第2波では英軍機ソードフィッシュの雷撃によって「瑞鶴」に魚雷3本が命中し、その後の米潜水艦から放たれた魚雷2本の命中が「瑞鶴」に引導を渡した。
誘爆が発生した「瑞鶴」艦上は火焔地獄さながらの様相を呈しており、生存者の中で最上級者であった「瑞鶴」副長の松原博中佐が「総員退艦」を命じていた。
一方の「銀部隊」では第4航空戦隊「龍驤」が爆弾6発、魚雷1本の命中によって沈没確実と思われる被害を受け、爆弾2発の命中を喰らった「瑞鳳」も飛行甲板を中破され、航空機の発着艦が不能となった。
ラバウル航空隊との航空戦で損耗した敵機動部隊を叩きのめすはずが、被害はこちらが上回っており、逆に1航艦が押されているような状況であった。
「敵艦載機の機数が少々多すぎやしないか?」
南雲が疑問を提起し、1航艦首席参謀蝶野保大佐がそれに答えた。
「13航艦司令部からの報告によると2日間の合計で敵機200機撃墜、300機撃破との事でしたが、実のところかなり適当な数字だったのかもしれません」
「・・・それか、米軍が何らかの方法で艦載機を補充したという可能性もあるな。具体的な方法はガダルカナルからの空輸とかだろうか」
草鹿が私見を述べ、南雲が首を横に振った。
「・・・参謀長の言うとおりだとしても確認する方法がない。我々としては第3次攻撃以降の搭乗員の奮戦に期待するしかないだろう」
「第3次攻撃隊は「猿部隊」に向かわせますか?」
「無論だ。『猿部隊』に所属している空母4隻を無力化しなければ勝利への道は開けぬ」
「分かりました。各艦に第3次攻撃隊の発進準備を命じます」
草鹿がそう言い、今後の方針は固まった。
この時点で時刻は午後にさしかかろうとしており、これから更に激しい死闘が繰り広げられるのだった・・・
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