第79話 空中の槍ぶすま
1943年5月31日
「玉部隊」に対する1回目の空襲が始まったのは午後1時の頃であった。
「『加賀』からの報告によると推定90機の敵編隊が東方向から接近してきている。総員気を引き締めろ!!」
第61駆逐隊「秋月」の艦上に艦長緒方友兄大佐の声が響いた。
「秋月」は日本海軍で始めて防空駆逐艦として設計された秋月型駆逐艦の1番艦だ。
陽炎型駆逐艦以前の4連装2基の魚雷発射管は削減され、その代わりに後部指揮所には最新の21号電探が装備されている。
兵装は65口径10センチ連装高角砲4基8門、九六式25ミリ機銃3連装機銃5基、同単装機銃13丁、同単装取付座7基、13ミリ単装機銃4挺。
新時代の駆逐艦の理想型とも言える駆逐艦であり、帝国海軍最新鋭駆逐艦ということもあって乗員の士気は天を突かんばかりであった。
「本艦は主に『蒼龍』『飛龍』の2空母を援護する。2空母に接近する敵機は全機叩き落とせ!」
「砲術長としては本分を尽くすのみです」
緒方の檄に対して菊池真三砲術長が冷静な声で返答した。
菊池は「秋月」の主砲である65口径10センチ連装高角砲の設計に深く関わった人物であり、太平洋戦争開戦後も水上機母艦「日進」副砲術長、空母「鳳翔」砲術長などを歴任して対空戦闘の研究に力を入れている。
この知見は緒方も頼りにしているところであり、出撃前には2人でいろいろな事を語り合っていた。
「秋月」の21号電探が敵編隊を捉えた。
「敵戦爆雷連合接近中! 高度4000!」
「零戦隊奮戦中!」
測的長から報告が入り、見張り員も迎撃機の動きを知らせてくる。
菊池は双眼鏡を用い、先を敵編隊に向けた。
敵梯団は6隊に分かれており、その内2つは切り崩されている。第3次攻撃隊に参加せずに艦隊の直衛に回った零戦が敵機を減殺しているのだろう。
空中に爆煙が湧き出し、被弾した機体が海面へと向かっていくが、空中戦の戦場は徐々に「玉部隊」へと近づいてきている。
敵編隊が2隊に分離し、「玉部隊」を包み込むように展開する。
「高角砲、砲撃開始!」
「宜候!」
菊池が第1分隊長に命じ、一拍置いて「秋月」の前甲板から発射炎がほとばしった。
前部2基4門の10センチ砲から流星の勢いで砲弾が発射され、砲弾発射の余韻が収まらぬ内に第2射が放たれる。12.7センチ砲と比較して発射機構が大幅に改良された10センチ砲は毎分19発という発射頻度を誇っているのだ。
遙かなる高空に10センチ砲弾が炸裂し始め、輪形陣の外部を固めている他の艦も順次射撃を開始する。
第2戦隊「扶桑」「山城」の36センチ主砲から三式弾が発射され、第8戦隊の青葉型重巡4隻も増設された高角砲を振りかざす。
「敵1機撃墜! 更に2機撃墜!」
見張り員からの歓声混じりの報告が入り、「秋月」の砲塔が敵機の動きに合わせて旋回していく。
「秋月」の後甲板も賑やかになってきた。
敵機を射界に捉えた後部2基4門の10センチ高角砲も前部高角砲に続いて砲撃を開始したのだ。
高度を落としつつあるドーントレスの編隊の上下、あるいは左右に、炎が発生し弾片が高速で飛び散る。
「『照月』『涼月』本艦に続いて射撃開始!」
「秋月」に触発されたかのように秋月型2番艦「照月」、3番艦「涼月」も10センチ砲を撃ちまくる。
秋月型駆逐艦は基準排水量2000トンと小さいながらも強力な兵となっており、戦国時代の槍衾さもありなんの濃密な弾幕を張っているのだ。
「敵機本艦上方!」
「おっと!」
菊池が上空を仰ぎ見ると1個小隊規模のドーントレスが「秋月」に対して急降下をしようとしているのが確認できた。
空母を守っている「秋月」を脅威に感じて最初に始末してしまおうとドーントレスの搭乗員は考えたのだろう。
ドーントレスの動きに本能的に反応したかのように「秋月」の艦首が右に振られた。
緒方がドーントレスの投弾を回避すべく、転舵を開始したのだろう。転舵中は対空射撃の命中率が著しく減少してしまうが、「秋月」を守るためには致し方がなかった。
ドーントレスから発せられるダイブ・ブレーキの音が菊池が陣取っている射撃指揮所にも聞こえ始め、その高度が1200メートルを切ったところで、「秋月」の左右両舷からおびただしい数の細長い火箭が突き上がった。
25ミリ機銃、13ミリ機銃が射撃を開始し、菊池の耳にも射撃音が聞こえてきた。
「敵1機撃墜!」
機体を貫かれた1機のドーントレスが海面に叩きつけられた直後、「秋月」に急降下を仕掛けてきた残りのドーントレスが順次投弾を開始した。
最初の弾着は右舷側から起こった。
右舷海面が盛り上がり、長大な水柱が奔騰する。
2発目は左舷後部付近に着弾し、3発目が艦尾付近に弾着をする。
弾着の度に「秋月」の艦体が激しく揺さぶられ、艦底が凄まじい水圧によって突き上げられる。
「危ない危ない」
ドーントレスから投下された1000ポンド爆弾が全て空振りに終わったことを確認した菊池は額の汗を拭った。
緒方艦長の転舵がもう少し遅ければ1発乃至2発は喰らっていたはずだ。
緒方の素早い判断が「秋月」に幸運を呼び込んだといえた。
だが・・・
「敵編隊『隼鷹』『飛鷹』に接近! 機数40機以上!」
新たな脅威が第2航空戦隊に迫ってきている事を見張り員が知らせたのはその時であった・・・
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