第77話 ソードフィッシュ雷撃
1943年5月31日
「鳳龍」が直進に戻ったとき、それは起こった。
「敵機輪形陣内部に侵入してきます! 40機以上!」
「なにっ?」
見張り員の絶叫のような叫びに高次は最初はまるで見当が付かなかった。
来襲した米軍の第1次攻撃隊は既に全機が投弾を終了し、離脱しつつあり、新たに接近してくる敵機はレーダーを見る限り察知されていなかったからだ。
「『翔鶴』『榛名』より伝令! 『敵機は低空飛行で侵入為つつあり!』」
「『瑞鶴』より報告! 『敵機は英軍機! 米軍機にあらず!』」
高次が双眼鏡を用いて英軍機を視認したのと、零戦隊の一部が英軍機の編隊にとりついたのがほぼ同時だった。
先ほどまでの米軍機との戦いによって30数機まで撃ち減らされてしまった零戦であったが、残存している機体が果敢に防空戦を継続しているのだ。
零戦の20ミリ弾を叩き込まれた英軍機2機が立て続けに火を噴き、海面に激突して飛沫を上げるが、零戦も上昇に転じたところで敵機の火箭に絡め取られる。
戦闘機はF4Fと同型のものだが、英軍では「マートレット」と呼ばれている機体だろう。そして、雷撃機の方は欧州戦線で勇名を馳せたソードフィッシュだ。
結局、零戦隊が輪形陣の外で撃墜することができたソードフィッシュは3機だけであり、他は輪形陣の内部に侵入してきた。
最初に砲撃を開始したのはまたもや第3戦隊「金剛」「榛名」であった。先ほどは高空に向かって撃ち込まれた三式弾が海面付近に撃ち込まれ、多数の焼夷榴散弾と断片が有効範囲400メートルに飛び散った。
三式弾自体は戦果を上げる事はできなかったが、炸裂時の風圧によって体勢を崩したソードフィッシュ1機が荒波に飲み込まれた。
三式弾に2回目の発射機会が与えられることはない。主砲装填を行っている40秒の間にソードフィッシュはことごとく「金剛」「榛名」の後方に抜けている。
「『高雄』『神通』高角砲発射!」
「鳳龍」副長林翔太中佐が高次に対して報告を上げ、「鳳龍」と「翔鶴」の間の海面に次々に砲煙が沸き立つ。
日本海軍艦艇の標準装備となりつつある12.7センチ連装高角砲が炸裂し、ソードフィッシュの上下左右で、爆発が起こる。
ソードフィッシュ2機が更に墜落する。
ここまでの対空戦闘の経過を見てみるとソードフィッシュは米軍機に比べて防御力が貧弱のようだ。せいぜい97艦攻よりも少しだけマシといったところであろう。
(やっぱり米軍機のコンセプトが正解だろうなぁ)
ソードフィッシュの機体の貧弱さを目の当たりにし、97艦攻の貧弱さも同様であることを知っている高次は心の中で呟いた。
日本軍が勝利した第1次珊瑚海海戦、第2次珊瑚海海戦でも多数の99艦爆、97艦攻が未帰還になったということは当時「大鷹」の艦長であった高次の耳にも入ってきており、今回の第1次攻撃隊、第2次攻撃隊でも多数の機体が撃墜されているはずである。
帝国海軍には攻撃を優先し、対照的に防御を軽視する風潮があり、その考えが艦載機の防御装甲にまで波及してしまったのが全ての元凶である。
おそらくだが、防御軽視の考えは大間違いなのだろう。この海戦を生き残ることができたら1航艦司令官の南雲中将にでも具申してみようと高次は考え始めていた。
だが、いくらソードフィッシュの防御力がアベンジャーに比べて脆いといっても、高速で動き回る雷撃機を全て投雷までに撃墜することはできない。
ソードフィッシュの機首は3航戦3番艦の「瑞鶴」に向いていた。
「高角砲『瑞鶴』を援護しろ!」
「『瑞鶴』の援護、宜候!」
砲術長が復唱し、高角砲が砲弾を撃ち出し始め、「瑞鶴」も両舷を真っ赤に染めながらまもなく発射されるであろう魚雷を回避すべく転舵を開始した。
基準排水量25675トン、全長257.50メートルの巨躯を持つ艦が34ノットの韋駄天で白波をけだてながら艦首を振りつつある。
「鳳龍」から放たれた12.7センチ砲弾が炸裂を開始し、至近弾を受けたソードフィッシュ2機が海面に滑り込み、直撃を喰らったソードフィッシュ1機が跡形もなく爆砕される。
「ソードフィッシュ投雷! 15~20機程度は投雷した模様!」
「躱せ! 『瑞鶴』!」
高次は声に出して叫んだ。
だが・・・
「瑞鶴」の右舷後部に長大な水柱が奔騰したのを皮切りにして艦尾舵機室付近、左舷中央に計3本の水柱が立ち昇った。
「3本なら何とか・・・!」
高次はこの時点では「瑞鶴」に生還の目が十分にあると考えていた。「瑞鶴」はまだ艦体上部が無傷のため、損害がこれ以上なければなんとかトラック環礁まで曳航可能である。
それがだめでも最悪ラバウルには入港できるはずだ。
ソードフィッシュは全て輪形陣の外部に脱出している。
戦艦「金剛」が「瑞鶴」に向かってくる。
「金剛」で「瑞鶴」を曳航しようというのだろう。
「金剛」から垂らされたロープに「瑞鶴」が固定されるまで20分程度かかったが、「金剛」と一体になった「瑞鶴」が輪形陣から移動し始めた。
「生きれよ。『瑞鶴』」
曳航されつつある「瑞鶴」に高次はお疲れ様でしたという意味も込めて呼びかけた。
しかし、現実は甘くなかった。
海面下に潜んでいた刺客が手負いの「瑞鶴」に対して容赦んく牙を向いたのだ。
米潜水艦から放たれた2本の魚雷が「瑞鶴」の弾火薬庫直下に命中し、誘爆によって「瑞鶴」の飛行甲板が吹き飛ばされたのはそのときだった・・・
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