第76話 3つの部隊
1943年5月31日
第3航空戦隊「鳳龍」に装備されている米国製CMAXレーダーが敵機の大編隊を捉えたのは午前9時59分のことであった。
「来たな」
艦長高次貫一大佐はまもなく1航艦の上空に姿を現すであろう敵機を想像して呟いた。
空母11隻を擁する1航艦は部隊を3つに分割して、ラバウル北西20海里の海域に展開している。
「金部隊」の名称を冠されている部隊は第3航空戦隊「鳳龍」「翔鶴」「瑞鶴」を中心にして編成されており、これに第3戦隊「金剛」「榛名」、第6戦隊「妙高」「羽黒」、軽巡「神通」以下駆逐艦11隻からなる第2水雷戦隊が配されている。
これらの艦の内、第6戦隊の「妙高」「羽黒」、軽巡「神通」といった艦は元々対空装備が貧弱であったが、此度の1航艦配属に伴って機銃座を中心にして対空砲火が強化されていた。
「金部隊」の西8海里の海域には「銀部隊」が展開しており、北西6海里の海域には主力とも言える「玉部隊」が陣を敷いている。
「銀部隊」は第4航空戦隊「瑞鳳」「龍鳳」「龍驤」を中心に配し、それを第1戦隊「大和」「長門」「陸奥」、第5戦隊「愛宕」「摩耶」「高雄」、重巡「筑摩」、第4水雷戦隊が固めている。
最大規模を誇る「玉部隊」の編成は第1航空戦隊「加賀」「蒼龍」「飛龍」、第2航空戦隊「隼鷹」「飛鷹」、第2戦隊「扶桑」「山城」、第4戦隊「比叡」、第8戦隊の青葉型重巡4隻、水上機母艦「千代田」、軽巡「長良」、駆逐艦10隻である。
「対空戦闘準備! 敵機は10数分の内にやってくるぞ!」
高次が大音声で下令し、多数の伝令が蜘蛛の巣を散らしたように艦内各所へと走って行った。
高角砲、機銃が仰角をかけ始め、弾を運ぶ水兵の喧噪によって艦が騒然とし始めた。
時を同じくして防空任務を担当している第4航空戦隊の「瑞鳳」「龍鳳」「龍驤」からは防空用の零戦が次々に発艦していた。
「龍驤」からは零戦18機、「瑞鳳」「龍鳳」からは零戦15機ずつ合計48機。
これまでの戦訓より来襲する敵機が100機程度だと予想されることを考えると決して十分な機数ではなかったが、今はこの48機の零戦搭乗員の大いなる奮戦に期待するしかなかった。
対空戦闘の火蓋を切ったのは第3戦隊「金剛」「榛名」だった。
2艦合計16門の36センチ砲が遙かなる高みに向かって発射され、ポートモレスビー占領に多大なる役割を果たした三式弾が敵編隊のただ中で炸裂した。
1発が有効弾となり、数機の敵機が高度を落とし、編隊形を乱された敵編隊に対して零戦隊が果敢に切り込んでいく。
彼我に機銃弾が交差し、被弾した機体が火を噴きながら海面に向かっていく。
風防を破壊されたF4Fが搭乗員を射殺され、プロペラを吹き飛ばされたドーントレスが機体の制御を失い墜落していくが、機体を貫かれた零戦が1機、2機と砕かれてゆく。
「鳳龍」の艦橋から見る限り、零戦隊が相手取ることができているのは敵機の半数程度といったところだ。
空中戦の戦場は「金部隊」に接近しつつあり、敵編隊は進路を変える様子はない。敵全機が「金部隊」に迫ってくる。
「金剛」「榛名」に装備されている連装3基6門の12.7センチ高角砲が砲門を開き、第6戦隊「妙高」「羽黒」、駆逐艦「雪風」「天津風」といった艦も3隻の空母を死守すべくしゃりかきになって射撃を開始する。
「金部隊」全艦が迫りくる敵編隊に対して対空射撃を敢行している様は、1匹の獰猛な熊がハンターの喉笛を喰い破るべく猛り狂っているかのようだった。
三式弾が再度炸裂し、5機のドーントレスが消し飛び、12.7センチ高角砲弾に機体を傷つけられたアベンジャーが1機、2機と海面に滑り込む。
攻撃隊にはドーントレスの割合が多数を占めているようだった。
「射撃開始!」
「射撃開始! 宜候!」
高次が対空射撃開始を命じ、砲術長音宮健介中佐が即座に復唱する。
程なくして艦の両舷から砲声が轟き、基準排水量19800トンの米国製の艦体が僅かに揺らいだ。
「鳳龍」に装備されている火器である12.7センチ連装高角砲8基16門、25ミリ3連装機銃10基30挺の内、高角砲が砲撃を開始したのだ。
後続の「翔鶴」「瑞鶴」も「鳳龍」に続く。
輪形陣の外部で押しとどめられた敵機は15機程度であり、あとは輪形陣の内部に侵入してくる。
「命中! 命中!」
見張り員が次々に高角砲弾の命中を知らせてくるが、中々米軍機は墜ちてくれない。ドーントレス・アベンジャーといった機体は日本軍の99艦爆・97艦攻といった機体と比較して防御力が非常に高いのだろう。
ドーントレスの編隊が3分割され、一斉に急降下を開始する。
「機銃群射撃開始!」
「宜候!」
「鳳龍」に急降下を仕掛けてきている15機程度のドーントレスに対して「鳳龍」の対空射撃が集中され、周囲の護衛艦艇の対空砲火も3隻の空母に対して援護射撃を開始する。
敵1番機、2番機が相次いで投弾し、3機目が投弾したところで「鳳龍」の艦首が右に振られた。
高次は予めドーントレスの突入方向を予測して舵を切っておいたのだ。
急速な転舵によって照準を大きく狂わされたドーントレスは照準を修正しようとしたものの、結局の所命中弾は1発もなかった。
「舵戻せ! 中央!」
空襲の終わりと共に高次は舵修正の命令を出したのだった・・・
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