第75話 死地

1943年5月31日


「行け! 『鳳龍』攻撃隊!」


 周囲のF4Fをあらかた片付けた鹿野は輪形陣の中に侵入している攻撃隊に呼びかけた。零戦の搭乗員席からの声が聞こえるはずもなかったが、死地に果敢に突っ込んでいく攻撃機の搭乗員に対して声援を送らずにはいられなかった。


 一番槍は「飛鷹」艦爆隊だった。


 敵戦闘機との戦いによって1機を撃墜され、残存5機となっていた部隊であったが、小隊長機が急降下を開始したのを合図として、敵艦艇の頭上に殺到した。


 狙いは敵空母3隻の右舷側を固めているフレッチャー級駆逐艦だ。「飛鷹」艦爆隊を率いている渡辺庄一郎大尉は、いきなり敵空母を狙うよりも周囲の護衛を叩くべきだと考えたのだろう。


 フレッチャー級の舷側が真っ赤に染まり、1隻の駆逐艦から放たれたとは思えないほどの弾量の射弾が「飛鷹」艦爆隊に殺到する。


 エンジンを傷つけられた3番機が投弾コースから離脱し、翼に被弾した4番機が大きくよろめく。


「・・・!!」


 99艦爆が次々に被弾損傷している中、鹿野はただ見守ることしかできない。1943年の1月に「鳳龍」に着任してから鹿野は米艦艇の対空砲火の凄まじさについては何度も聞かされていたが、実際にそれを目撃すると「凄まじい」という表現ですら生ぬるいのではないかとの感想を抱く。


 少なくとも鹿野が99艦爆に搭乗して突撃なんてしようものなら一瞬で爆散してしまうことは確実であった。


 対空砲火によって更に減少してしまった「飛鷹」艦爆隊だったが、渡辺機の投弾を皮切りにして2番機、5番機も辛うじて投弾に成功した。


 1発目がフレッチャー級駆逐艦の右舷スレスレに着弾し水柱を吹き上げ、2番機が投弾した250キログラム爆弾が弾着した瞬間、フレッチャー級駆逐艦に異変が生じた。


 30ノット近い速度で航行していた基準排水量2000トンの艦体が力士の張り手で叩かれたかのように押し戻され、艦の後部に火柱が噴き上がった。


 5番機が投弾した爆弾ははずれ、フレッチャー級駆逐艦に対する命中弾は1発のみだと思われたが、まだ翼を被弾した4番機が残っていた。


 フレッチャー級から放たれた高角砲弾によって右翼、続いて左翼をもぎ取られたが、4番機の機首がフレッチャー級からずれることはない。逆に両翼を失って空気抵抗力が減少した分、4番機の速力が増加した。


「あっ・・・!!!」


 4番機の搭乗員が既に生還を諦めていることは鹿野にも十分に察することができたが、それでも思わず鹿野は叫んでしまった。


 約2秒後、4番機がフレッチャー級に激突し、細長いものが数本天に吹き飛ばされたのが確認でき、一拍置いて火焔がフレッチャー級の艦体を覆い尽くした。


 4番機の激突が格納庫内の誘爆を誘ったのだろう。正しく99艦爆の搭乗員の命の灯がフレッチャー級の誘爆といった形で乗り移ったかのようだった。


 更に隣を航行していた巡洋艦と思われる艦艇にも2本の火柱が立ち上り、他の数隻からも閃光が発せられたのが確認できた。


 輪形陣内部侵入のタイミングを伺っていた艦攻隊が艦爆隊が生み出してくれた風穴から突入を開始する。護衛艦艇の相次ぐ被弾によってその場所の対空砲火は著しく減少しており、正に絶好のタイミングと言えた。


 輪形陣の内部に突っ込まんとしている攻撃機に対して空母を守るように2隻の戦艦が割り込んでくる。


 3連装3基の主砲塔、塔状の艦橋、ワシントン条約失効後に建造されたサウスダコタ級戦艦、ノースカロライナ級戦艦といった戦艦であろう。


 敵戦艦の長大な艦体には多数の高角砲・機銃が搭載されていたが、敵戦艦からは驚いたことに主砲まで対空射撃に動員している。


 こっちの攻撃隊も必死だが、敵もまた必死なのである。


 海面付近が機銃弾によって沸き立ち、風防を打ち砕かれ、エンジンカウンセリングを吹き飛ばされた97艦攻が2機、3機と海面へとその進路を強制変更される。


 主砲弾通過時の風圧によって大きくその動きを制限された97艦攻が荒波に翼をさらわれる。


 上空から突っ込んでくる99艦爆にもあらん限りの射弾が殺到し、次々に撃墜されてゆく。


 次々に僚機が被弾していく中で引き返す攻撃機は皆無だ。攻撃機の搭乗員には一人残らず大和魂が具現化しているのだろうと思わせるほどの鬼気迫る突撃である。


 輪形陣内部で回避運動を行っていた敵空母2番艦の動きに異変が生じた。


 右舷側に1本の長大な水柱が奔騰し、速力が大きく減少したところで左舷に2本の水柱が突き上がったのだ。


 敵空母2番艦の受難はそれだけに止まらず、飛行甲板に250キロ爆弾の命中も確認された。


 敵空母2番艦に続いて3番艦にも若干の間を置いて艦尾付近に1本、艦首付近に1本の水柱が奔騰し、被弾した1機の97艦攻が飛行甲板直下に突撃し、突撃時の魚雷の弾頭の誘爆によって飛行甲板が大きくめくり上がる。


「あと1隻・・・!!!」


 2隻の空母が被雷した時、鹿野は残り1隻の空母にも魚雷が命中してくれることを願い、程なくしてその願いは微妙な形で通じた。


 敵空母1番艦にも多数の97艦攻が投雷するものの、敵1番艦は艦長の巧みな操艦によって15本以上の魚雷を悉く回避した。


 だが、魚雷の回避を優先したということもあって上空から降り注ぐ爆弾まで意識が回らず、4発が立て続けに敵空母1番艦の上層構造物に命中したのだ。


 気づいたときにはほとんどの攻撃機が投弾・投雷を終えており、航行を停止した3隻の米空母だけがその海域に残されたのだった・・・

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