第74話 連続攻撃

1943年5月31日


 第1航空艦隊から放たれた第2次攻撃隊が敵艦隊の上空に達したのは、第1次攻撃隊が帰路に着いた20分後の事であった。


 眼下には飛行甲板から盛大に黒煙を噴き上げている3隻の空母が確認でき、日本軍のそれに倍する護衛艦艇が輪形陣を構成していた。


「第1次攻撃隊は仕事をしてくれたようだな・・・」


 鹿野祐介「鳳龍」戦闘機隊第3小隊長は近づきつつある敵「犬」部隊を見つめながら呟いた。


「それにしてもあれだけの規模の輪形陣を組むことができるほどの艦艇を用意することができるとは米軍の力は凄まじいな」


 鹿野は敵機動部隊の堂々たる陣容に驚嘆していた。


 去年に行われた第1次珊瑚海海戦、第2次珊瑚海海戦で米海軍は多数の空母、巡洋艦、駆逐艦を失い敗退している。


 それにも関わらず、1年足らずの間に米機動部隊は驚異的な再生を遂げている。


 現に眼下の「犬」部隊は多数の艦を抱えており、その輪形陣が非常に強固であるということを予測するのは容易かった。


 しかも、米機動部隊はこれで全てではなく、まだ「犬」部隊と同規模の「猿」部隊も存在している。


 ラバウル航空隊との死闘を経た後でさえ、これだけの規模を米機動部隊は維持しているのだ。もはや驚きを通り越して呆れすら感じられるレベルであった。


 それに挑む第2次攻撃隊の陣容は以下の通りだ。


 第1航空戦隊より零戦21機、99艦爆18機、97艦攻27機、第2航空戦隊より零戦6機、99艦爆12機、97艦攻30機、第3航空戦隊より零戦18機、99艦爆10機、97艦攻54機。


 計196機(戦爆雷連合)


 第2次攻撃隊には第1次攻撃隊には参加していなかった雷撃機の97艦攻が多数含まれており、敵空母を確実に撃沈することに主軸を置いた編成となっている。


 艦攻隊が海面付近まで降下を開始し、艦爆隊も母艦毎に斜め単横陣を組む。


 艦攻隊が降下を開始した直後、1航戦の零戦21機が胴体下に据え付けられている増漕を投げ捨てて、一斉に加速した。


 1航戦の零戦隊の前方に黒い黒点が急拡大し、徐々に影の一つ一つが航空機の形を整えつつあるのが確認できる。


 グラマンF4F。米海軍の主力戦闘機が第2次攻撃隊に母艦をやらせまいと立ち塞がってきたのだ。


 発砲はF4Fの方が僅かに早かった。


 F4Fから放たれた12.7ミリ弾の複数の火箭に捉えられた3機の零戦が、翼、胴体、エンジン周りと言わずに抉り取られ、一瞬にして空中分解を起こす。


 1航戦の零戦隊が3機を喪失したときには彼我の戦闘機隊はお互いに散開し、南太平洋の澄み渡った空に飛行機雲で描かれたアートを現出させる。


 戦闘機同士の戦いはほぼ互角といった所だ。


 7.7ミリ弾によってF4Fの昇降舵を吹き飛ばし、その後に本命の20ミリ弾を叩き込んでF4Fを撃墜する零戦がいたと思いきや、防御力の貧弱さが災いして燃料タンクが誘爆大爆発してしまう零戦もいる。


 しかし、1航戦の零戦隊はF4Fを拘束することには成功しており、艦爆、艦攻に向かってくる敵機は1機もいなかった。


 このまま行けば攻撃機は1機も失わぬまま突撃が可能だなと鹿野は考えていたが・・・


 鹿野が所属している「鳳龍」隊の真横を飛行していた「翔鶴」隊の頭上からおびただしい数の火箭が降り注いできた瞬間、鹿野は自らの考えが甘かったことを思い知らされた。


 零戦2機、99艦爆2機、97艦攻3機が立て続けに火を噴き、F4Fの黒い影が上から下へと高速で通過していく。


 「翔鶴」隊の零戦が機体を翻して猛然とF4Fの追跡を開始したが、鹿野は艦爆、艦攻の側に付き従っている。


 寒冷地にすんでいる獰猛な熊を思わせるような機体が4機、「鳳龍」隊に接近してくる。


 F4Fの動きを冷静に確認した鹿野は操縦桿を思いっきり左に倒し、第3小隊の他の零戦も鹿野機の動きに追随した。


 4機のF4Fが12.7ミリ機銃を放つが、火箭が到達する頃には第3小隊の零戦はそこには存在せず、火箭は空しく大気を貫いている。


「喰らえ!」


 すれ違いざまにF4F4機編隊の下に潜り込むことに成功し、照準器の白い環の中にF4Fの機体が凄まじい勢いで膨れ上がった。そして、躊躇なく鹿野は20ミリ弾の発射柄を握った。


 2条の真っ赤な火箭がF4F1番機の尾部に突き刺さり、第3小隊全体で2機のF4Fを撃墜せしめた。


 艦爆隊が艦攻隊に先んじて輪形陣の内部に突撃を開始する。


 米軍機のドーントレスとは対照的な身軽な機体が、250キロ爆弾を米艦艇に叩き込むべく、獲物を狙う狼のように、急降下に転じている。


 艦攻隊も低空まで降下し、突撃を再開している。艦爆隊と連携して敵空母に雷撃を仕掛けようという腹づもりであろう。


 鹿野を初めとする零戦隊は撃墜機を出しながらも艦爆・艦攻が突撃を開始するところまでこぎつけたのだ。


 攻撃機の突撃開始によって空中戦の戦場は輪形陣の内部に移行しようとしていたが、F4Fはまだ攻撃機を執拗に追跡してくる。


 日本側の攻撃機が多数という事も相まって1機でも叩き落とそうとあっちも必死になっているのだろう。


 鹿野は第3小隊の他の機体に合図を送り、99艦爆に攻撃を仕掛けているF4Fの3機編隊に新たな狙いを定めた。


 このときの鹿野の心境は命がけで敵空母に突撃をかける攻撃機を1機でも多く守ってやりたいという一心であった・・・

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