第73話 飛行甲板粉砕

1943年5月31日


 「隼鷹」隊、それに続く「飛鷹」隊に狙われたのはTF41.1所属の「ワスプ」であった。


「ヴァル来てる! 10機以上!」


「落ち着け。まだまだ本艦とは距離がある」


 敵機出現に浮き足立っていた水兵を宥めるように「ワスプ」右舷4番高角砲を担当しているフォレスト・シャーマン大尉は落ち着いた声で言った。


「見ろ。本艦にはこれだけの高角砲・機銃座が取り付けられている。俺たちが本分を尽くせばジャップなんか恐れるに足らないさ」


 開戦時には貧弱な対空兵装しか装備していなかった「ワスプ」であったが、1942年のポートモレスビー沖海戦後に大幅な増強工事が行われた。


 現在の対空兵装は12.7センチ(38口径)単装高角砲8基、40ミリ4連装ボフォース機銃1基、28ミリ機関砲4基、エリコン20ミリ単装機関砲32基、12.7ミリ単装機銃6基となっている。


 シャーマンが担当している12.7センチ高角砲は艦尾付近に装備されており、敵機が「ワスプ」の後方から追いすがってきた場合には真っ先に矢面に立つことになる。


 輪形陣の外郭では、護衛艦艇の射撃が始まっている。


 「サラトガ」の前方を固めているボルチモア重巡洋艦1番艦「ボルチモア」が真っ先に砲門を開き、艦隊防空の要であるアトランタ級の「サンファン」「オークランド」もそれに続く。


 「ワスプ」も自らを守るために高角砲を振りかざす。


 敵機を射界に納めた前部高角砲4基が射撃を開始し、シャーマンの耳にもつんざくような砲声が飛び込んでくる。


 12.7センチ高角砲は戦艦の40センチ主砲と比較すると遙かに小さな砲だったが、砲撃時の衝撃は凄まじいものであり、「ワスプ」の艦齢3年の艦体がバラバラになるのではないかと思わせるほどだった。


 早くも高度3500メートルから高度4000メートルの上空は爆煙で埋め尽くされつつあり、飛び散る断片を被弾したヴァルが高度を落とし始めた。


 1機、2機とヴァルが被弾し、機体を保つことができなかったヴァルは次々に海面に叩きつけられていくが、任務を放棄して輪形陣から脱出するヴァルは1機もいない。


 全機一途にTF41.1の3空母を肉迫にしてきている。


「後部3、4、7、8番高角砲、射撃開始!」


 「ワスプ」砲術長チェスター・ロドリゲス中佐が命令し、シャーマンが12.7センチ高角砲の引き金を引いた。


「落ちろヴァル!」


 シャーマンは叫び声を上げ、それに呼応するかのようにして12.7センチ高角砲が4秒乃至5秒置きに12.7センチ砲弾を撃ち出す。


 上空に火焔が踊り、大量の工業部品が周囲に飛び散る。


 12.7センチ砲弾の直撃によってまさに木っ端みじんにされたヴァルの断末魔であった。


 2機目のヴァルが12.7ミリ弾の断片にエンジンを傷つけられ、程なくして3機目のヴァルが一瞬にして両断された。


 高角砲弾が胴体下の500ポンド爆弾に命中し誘爆を起こしたのかもしれなかった。


 「ワスプ」の飛行甲板上は灼熱の熱気で包まれていた。


 次々に「ワスプ」の対空砲火が戦果を挙げるが、それを喜んでいる暇はない。誰もが「ワスプ」の被弾を回避して自分達が生き残るために全力を尽くしているのだ。


 機銃群も射撃に加わり、ヴァルを次々に打ち砕く。


 だが・・・


 「ワスプ」の濃密な対空砲火も全ての敵機を防ぎきることはできない。


 「ワスプ」上空まで到達したヴァルが次々に機体を翻し、ダイブ・ブレーキの甲高い音が「ワスプ」から放たれる砲声に混じって轟いた。


 ヴァルが投弾する。


(当たるな当たるな当たるな・・・)


 シャーマンは心の中で神に縋り付かんばかりの勢いで願っていたが、その願い空しく3機目のヴァルが「ワスプ」の後方に抜けた直後、前甲板付近から炸裂音が発生し、何かが壊れる音が聞こえてきた。


 被弾は1発に止まらない。


 2発目が飛行甲板中央部に命中し、航空機用エレベーターがもう1機増えたのではないかというほどの風穴をそこに開けた。


「くそったれ!!」


 被弾が連続し、「ワスプ」の艦体が断続的に揺さぶられている中でもシャーマンは高角砲の発射柄を手放さなかった。


 投弾直後のヴァル1機が黒煙を噴きだして投弾コースから離脱していき、その後方にいたヴァルも2機が立て続けに被弾損傷する。


 被弾損傷したヴァルの内1機が海面に滑り込んだ直後、これまでで一番凄まじい炸裂音がシャーマンの耳に襲ってきた。


「・・・!!!」


 シャーマンが振り向くと8基の単装砲の内2基が「ワスプ」から削り取られており、左舷の飛行甲板が大きく陥没していた。


「まだ来るか!」


 編隊の最後尾のヴァルが投弾し、機体から切り離された500ポンド爆弾は飛行甲板中央部に開けた巨大な風穴に吸い込まれ、格納庫内で炸裂した。


 格納庫内で要整備機の修理に奔走していた整備員が一纏めに吹き飛ばされ、そこに駐機していたF4F・ドーントレスが一瞬にして鉄屑へと変貌する。


 「ワスプ」を襲った被弾はそれで最後であった。


 ヴァルが全機飛び去った時には「ワスプ」の速力が気持ち低下していることにシャーマンは気づいた。


 艦の前部・中央部で発生した火災を拡大させないために艦長が減速を命じたのだろう。


 沈没の気配こそなかったが、飛行甲板3カ所に風穴を開けられ、被害が格納庫にまで拡大した「ワスプ」が「洋上の航空基地」としての機能を失ったのは誰の目から見ても明らかであった・・・


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