第72話 蒼空の進撃
1943年5月31日
第1次攻撃隊は、敵艦隊を視界に収める前に、迎撃戦闘機の大群と接敵した。
グラマンF4F「ワイルドキャット」の樽のような機体が前方を埋め尽くしつつある。母艦航空隊にとっては昨年8月の第2次珊瑚海海戦以来の見参であり、前海戦同様の激しい戦いが予想された。
「おいおい、多いなぁ」
第2航空戦隊「隼鷹」艦爆隊長大枝敏大尉は、右前方に目を向けた。
第1航空艦隊に「敵艦隊見ユ」の第1報が届いたのは午前6時59分の事であり、第2報が届いたのは午前7時21分の事であった。
2通の報告電はラバウル東160海里の海域に米機動部隊が展開していること、米機動部隊は2群に分かれており1群は空母3隻、もう1群は空母4隻を擁していることを伝えていた。
1航艦司令部の南雲中将は空母3隻の部隊に「犬」、空母4隻の部隊に「猿」の名称を与え、第1次攻撃隊は全機が「犬」部隊に振り向けられた。
第1航空戦隊より零戦33機、99艦爆27機、第2航空戦隊より零戦24機、99艦爆24機、第3航空戦隊より零戦42機、99艦爆36機。
以上が、第1次攻撃隊の全容だ。
第1次攻撃隊には零戦が敵戦闘機を排除して、艦爆隊が「犬」部隊の空母3隻の飛行甲板に風穴を開けて航空機の発進を不可能にすることが求められていた。
こうすることによって第2次以降の攻撃が飛躍的に楽になり、結果的に多数の空母を撃沈することができるのだ。
戦爆合計186機の編隊は高度3500メートルの蒼空を進撃しており、そこに多数のF4Fが出現したのだ。
第1次攻撃隊がまだ「犬」部隊をまだ補足していないことを考えると米艦隊は電探で攻撃隊の事を察知していたのだろう。
問題はその数だ。
ラバウル航空隊との2日間に及ぶ航空戦で敵機動部隊の搭載機数は200機を大きく割り込んでいると予想されていたが、今第1次攻撃隊の目の前にいるF4Fだけでも100機近くはいるように感じられたのだ。
「まあ、いいか」
想定よりも明らかに数が多いF4Fの迎撃に異変を感じつつも、大枝は即座に意識を切り替えた。目の前に迎撃戦闘機が何十機、何百機存在しようが敵空母の飛行甲板に250キログラム爆弾を叩きつけるのが艦爆隊の仕事である。
「頼んだぞ零戦隊」
大枝が零戦隊に言葉を投げかけた直後、攻撃隊指揮官を務める空母「翔鶴」戦闘機隊長本田隆介少佐の零戦が大きくバンクし、攻撃隊に随伴していた零戦の内約半数が「栄」12型エンジンを高らかに轟かせながらF4Fの大群に突っ込んでいった。
零戦に搭載されている「栄」12型エンジンは950馬力とF4Fに搭載されている1500馬力級のエンジンと比較すると非力ではあったが、零戦は持ち前の軽量を生かして高速でF4Fとの距離を縮めていった。
99艦爆の搭乗員席からでははっきりとは分からなかったが、気づいたときには零戦隊もF4F隊も大きく散開しており、戦闘は大空のいたるところで始まっていた。
F4F数機が、機体一杯に発射炎を閃かせ、何十条もの火箭が噴き伸びるが、射弾が殺到したときには零戦隊はそこにはいない。
零戦隊は急旋回や垂直降下といった動きで巧みな機動を見せている。母艦航空隊の搭乗員には優先的にベテランが割り当てているため、このような芸当ができるのだ。
乱戦戦場を抜けてきたF4Fが艦爆隊に迫ってくる。
99艦爆の直衛任務を帯びていた零戦隊が一斉に機体を翻してF4Fに20ミリ弾を叩き込み、立て続けに3機のF4Fが火を噴いて墜落していったが、他のF4Fは零戦から放たれる射弾をはね除けるようにして艦爆隊を肉薄にしてきた。
「グラマン、前上方!」
「おいでなすったか!」
偵察員席に座っている加藤誠也飛曹長が敵機の接近を知らせ、大枝は思わず叫んだ。
1機が大枝機に迫ってくる。F4Fの零戦と比較して太い機首がみるみる内に膨れあがり、99艦爆を押しつぶさんばかりの迫力を醸し出してくる。
大枝は操縦桿を思いっきり押し下げた。
99艦爆の機体がお辞儀をしたかのように降下を開始し、僅かの間を置いてF4Fの巨体が99艦爆の頭上を通過していく。
「第2中隊長機、被弾!」
第2中隊長機に搭乗している篠原三郎少尉と徳田真三飛曹のペアが墜とされ、その断末魔を目撃した加藤が叫んだ。
篠原は真珠湾攻撃にも参加していた歴戦の勇士であり、その篠原機が撃墜された事は大枝にしても断腸の思いであった。
零戦も32型に更新されていたが、多数のF4Fに対して全てを完全に防ぎきることはできないのだ。
零戦隊の隙を衝いたF4Fが99艦爆に12.7ミリ弾を浴びせ、火箭の網に絡め取られた99艦爆が高確率で火を噴いて墜落していく。
第1中隊が1機、第2中隊が2機の99艦爆を失ったところで敵艦隊が見えてきた。
中央に空母と思われる艦が3隻航行しており、それらを守るようにして多数の戦艦、巡洋艦、駆逐艦が展開している。
司令部呼称「犬」部隊で間違いないだろう。
輪形陣の内部に侵入する寸前で執拗な迎撃戦を展開していたF4Fが一斉に離脱を開始した。
F4Fの搭乗員には対空砲火による同士討ちを防ぐため、輪形陣の内部に侵入してはならないことを事前に通告されているのだろう。
大枝は残存の「隼鷹」隊を先導して輪形陣の内部に侵入を開始した。
狙いはラバウル航空隊の仇である3隻の米空母のみであった・・・
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