第71話 大群

1943年5月31日



 ラバウル東400海里の海域に米国の生産能力の凄まじさを表すような光景が広がっていた。


 平べったい艦上構造物を持つ艦が10隻、それらを守るように展開している巡洋艦、駆逐艦が30隻以上。


 これらの空母はヨークタウン級、エセックス級、インデペンデンス級といった艦隊型空母ではない。輸送線維持や航空機輸送を想定した護衛空母である。


 TF41.3に所属しているこれらの艦は「第1タフィ群」と「第2タフィ群」の2チームに分かれている。


 そのうち「第1タフィ群」の旗艦はカサブランカ級護衛空母1番艦のカサブランカが務めており、その艦橋にはTF41.3司令長官のトーマス・スプレーグ少将が座乗していた。


 カサブランカ級護衛空母はワシントン州バンクーバーのカイザー造船所で起工・進水・竣工した艦種であり、「カサブランカ」という名前はモロッコ王国最大の都市から取られている。


 「カサブランカ」に装備されている昇降機から格納庫内に収納されていたF4F、ドーントレスが飛行甲板に上げられ、程なくエンジンが起動され暖機運転が開始される。


 艦長W・W・ギャラウェイ大佐は自ら発艦作業の指揮を執っており、「カサブランカ」の飛行甲板上に装備されている新装備のカタパルトも出番を心待ちにしていた。


 実はこのカタパルトこそがカサブランカ級最大の特徴の一つであり、一番大きな武器と言えるものであった。


 カタパルトが装備されていない日本軍の正規空母・軽空母は航空機を発艦させる際に合成風力を生み出すために風上に舵を切る必要があったが、カタパルトを装備しているカサブランカ級はその必要がないのだ。


 このことによって艦載機発進時に敵潜水艦に狙われにくいといったメリットがあった。


 「カサブランカ」に搭載されている航空機は計34機であり、その内28機が出撃しようとしていた。


 目的地はラバウルの敵飛行場ではなく、TF41.1、2の7空母である。


 2日間に渡るラバウルの日本軍基地航空隊の壮絶な航空戦によって多数のF4F、ドーントレス、アベンジャーを喪失してしまったため、TF41.3の護衛空母10隻に搭載されていた艦載機を正規空母、軽空母に移し替える事が決定されたのだ。


 これからの出現が予想される日本海軍空母機動部隊の出現に備えた処置である。


 約15分後、10隻の護衛空母から次々に艦載機が発艦・射出され始めたのだった・・・



「小田少尉、違います! あの爆音の正体は味方です!」


「なんだと? 確かか?」


 桐生があらん限りの声で叫び、小田は反射的に確認を求めた。


「間違いありません。爆音は東、南の方角からではなく、北西の方向から聞こえてきています!」


「なんと・・・!!!」


 爆音が北西の方向から聞こえてきているという桐生の話を聞いた小田も、ラバウルに接近しつつある轟音の正体に気づいた。


 索敵機からの報告により米機動部隊はラバウルの東海域に、英機動部隊は南に展開していることが判明している。


 つまり、ラバウルの北西方向から接近してくる航空機の編隊は全て味方なのだ。


 轟音が近づいてくるにつれて飛行場の周りは騒然とし始めた。


 滑走路修復・機銃座設置を行っていた整備員・陸軍兵が次々に


「敵機の大軍が来てるぞ! 早いとこ防空壕に避難しないとやられちまうぞ!」


「畜生! 米軍の野郎はまだラバウルに攻撃を仕掛けてくるのか!」


などの叫び声を上げ、軍隊らしからぬ大混乱の渦中に叩き込まれかけたが、小田が


「あれは敵機ではない! 友軍の第1航空艦隊の空母艦載機だ!」


の一言で全員を黙らせた。


 小田の言葉に対して過半の者が疑いの視線を向けたが、接近してくる機影がはっきりするにつれて小田の叫びが正しい事が証明された。


 大編隊がラバウルの上空を通過していき、それらの機体には日本軍機の象徴と言える真っ赤な日の丸が克明に描かれていた。


 僅かの間を置いて桐生が戦艦の主砲発射時の砲声音さもありなんの叫び声を出し、それに呼応するかのように整備兵や陸軍兵も通過していく大編隊に対して大声援を送った。


「頼んだぞ! ラバウル航空隊の仇を取ってくれ!」


「米空母の1隻でも2隻でもいいから撃沈してくれ!」


「敵空母のどってっ腹に魚雷をぶち込んでくれ!」


 桐生達だけではない。


 第1飛行場側に設置されている13航艦司令部でも司令官郡山少将を初めとする幹部要員があらん限りの声援を送っており、編隊が視認できる場所では同じような光景が見られた。


「道は開けたぞ! さあ進め!」


 小田も近くに部下が数人いることなど忘れて叫んだ。


 このとき小田が言い放った「道は開けた」という表現は妙なほど今の状況を言い得ていたといえる。ラバウルの壊滅と引き換えに13航艦と第8飛行師団は第1航空艦隊の露払いをした形となったのだ。


 昨日の内に1航艦がラバウル救援に赴いてくれたらと思わんこともなかったが、翻って考え直してみるとこの形が最善であるとさえ思えてきた。


 1航艦の編隊がラバウルの東海域に抜けていく。


 間違いなく目標はにっくき米機動部隊だ。


 誰もが空母10隻、搭載機600機以上の1航艦が米空母機動部隊に対して獅子奮迅の活躍をしてくれることを期待していたのだった・・・



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