第8章 翻るZ旗

第70話 轟音

1943年5月31日


 陸海軍精鋭を持って編成されていた外洋最大の航空隊であるラバウル航空隊は5月30日の戦いを持ちこたえる事はできなかった。


 6カ所存在していた飛行場の中で健全な飛行場は皆無であり、滑走路と言わず、付帯設備と言わず爆撃によって悉く掘り返されていた。滑走路上では再び飛び立つことが叶わなかった零戦・鍾馗が無念の思いで擱座しており、米機動部隊に果敢な航空攻撃を仕掛けた99艦爆・一式陸攻が無残な姿を晒していた。


 大破した弾火薬庫は爆弾命中時の誘爆の跡をくっきりと残しており、多数の兵員が寝泊まりしていた兵舎はまるで紙細工が潰れたかのような有様となっていた。


 被害はラバウル全体の自然にも及んでいる。ラバウルの湾内に着弾した爆弾は海中の岩石を打ち砕いており、飛行場周辺の樹木は何百本単位でなぎ倒されてしまっている。

 

 なぎ倒されている樹木の周りにも破壊された航空機の残骸が確認できる。航空機整備員が損傷機を森林の中に隠したものの、米軍に発見されて銃撃を加えられたのである。


 1日前には数百機の装備機を誇っていたラバウル航空隊だったが、真珠湾攻撃の痛いしっぺ返しを喰らった結果となったのだ。


 だが、飛行場と航空隊が壊滅したからといって日本軍が手を休める事はできなかった。


 これから1日後乃至2日後には米陸軍の上陸が予想されており、海岸線では水際防御の準備、飛行場周辺では大量の機銃座の再設置、要塞陣地に対する弾薬の搬送といった作業に多数の兵員が従事していた。


 陸軍兵士だけでは全く人手が足りず、暇になった搭乗員・整備員も作業を手伝っていた。


「流石に陸では死にたくねぇな。散るなら空の上がいいぞ」


「同感だ。地上で爆死するために霞ヶ浦で猛訓練に従事していた訳ではないからな」


 第602航空隊の桐生楓飛曹が愚痴を零し、それを聞いていた第407航空隊の小田旅人少尉が同調した。


 桐生は昨日の航空戦で個人撃墜1機、共同撃墜2機の戦果を上げるものの、自らの愛機も廃棄の憂き目にあっており、「月光」搭乗員の小田に関しては出撃機会を得られぬまま「月光」が地上破壊されてしまっていた。


「司令部から新しい指示は来ますかね?」


「ラバウル航空隊が壊滅ほぼ壊滅したことによってラバウル周辺の制海権、制空権は現在米軍に握られている。この状況で13航艦司令部が打てる手は皆無だろう。米艦隊から一番離れている第1飛行場を一部復旧して少数兵員を脱出させるくらいが関の山だろう」


 作業休憩合図と共に周囲の木陰に腰を下ろした2人は今後の事について話し始めた。


「うちの飛行長はラバウルで粘っている内に第1航空艦隊が必ず救援に赴いてくれると毎日言っていましたが、肝心の1航艦は来るんですか? まさかラバウルが壊滅したことを知って尻尾を巻いてトラック環礁に逃げ帰っているという事はありませんよね?」


 桐生が不安そうな表情を浮かべながら小田に聞いた。ラバウルに展開している自分たちが友軍に見捨てられる可能性を考えている内に恐怖感が湧き出てきたのだろう。


「大丈夫だ。1航艦は出てくる。なぜなら今はラバウル航空隊が壊滅したのと同時に米艦隊撃滅の好機でもあるからな」


「・・・というと?」


 自信満々の小田に対して桐生が僅かに首を傾げた。小田が1航艦が必ず出撃するといった根拠がイマイチ分からなかったのだ。


「29日、30日の2日間に渡る航空戦で米空母艦載機に限ったとしても250機撃墜、200機撃破の戦果が上がっていると聞き及んでいる。事前の米空母機動部隊の規模が空母7隻乃至8隻、総搭載機600機だということを考えると敵戦力の4分の3をもぎ取った計算だ」


「間違いなく攻めるならここが攻め時であろう」


 小田が米機動部隊の大幅な弱体化を指摘した。


 そして、小田の指摘はほぼ事実である。


 この2日間の陸海軍の垣根を越えた大規模な迎撃作戦によって多数の米軍機の撃墜が確認されており、途中から戦闘に介入してきた英軍機も50機以上の撃墜という戦果を挙げている。


 このタイミングで大幅な弱体化(航空機多数喪失に加えて空母2隻損傷というケチも付いている)をきたしていた米機動部隊に1航艦の航空戦力を叩きつければ勝利を得られる可能性が高い。


「ですが・・・ん?」


「どうした? 目に何か入ったのか?」


 急に話すことを止めた桐生に小田が心配そうに話しかけたが、桐生が話すのを止めたのは目にゴミが入ったからではなく、上空に異変を感じたからだった。


「何か聞こえてきませんか?」


「ん? 特に異変は・・・?」


「やっぱり聞こえてきますよ! 間違いなく飛行機のエンジン音です!」


 異変の正体に勘づいた桐生が叫び声をあげ、その轟音は程なくして小田の耳にも入ってきた。


「まさか敵機か?」


 小田の顔から血の気が引き始めた。


 体を使う作業に忙殺されていて時間感覚が無くなっていたが、現在の時刻は午前8時過ぎであり、時間的には米軍の攻撃隊が来襲してもおかしくない時間帯であった。


 轟音が聞こえてきてから僅かの間を置いて、水平線上から多数の機影が出現し始めたのだった・・・


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 山場の第8章が始まりました。


 水平線上から現れた機影は敵機か、それとも――――――――――?


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