第67話 損耗する航空隊

1943年5月29日


 29日の午前に行われたラバウルに対する空襲は4回を数えた。


 母艦航空隊を基幹とした第4次空襲が終わったとき、ラバウルの東側では多数の黒煙・火災煙が噴き上がっていた。


 ラバウルに6カ所存在していた飛行場の内、第4、第5、第6飛行場が空襲の標的にされ、滑走路の他、弾火薬庫、格納庫、掩体壕、兵舎、機銃座といった地上施設が甚大な被害を受けたのだ。


 この3カ所の飛行場に航空機が着陸することはできないので、健全な機体は西部の第1、第2、第3飛行場に着陸している。


 第4、第5、第6飛行場の周りにも着陸した機体が少数ながら存在していたが、それらの機体は擱座していたり、着陸脚にダメージを受けていたりして2度とそれらの機体が離陸し、防空任務に就く事はない。


 米機動部隊を中核とした敵艦隊との航空戦が開戦してまだ半日しか経過していなかったが、ラバウル航空隊は半壊の様相を呈していたのだ。


 13航艦司令長官大西瀧次郎中将は厳しい顔つきで司令部の机に置かれていた戦況の推移を表すボードを見つめていた。


 精強を誇るラバウル航空隊が僅かの間にここまで傷つけられた事が信じられなかったのかもしれなかった。


 それとも米軍航空隊の破壊力に呆然としているのかもしれなかったがそこら辺の事は本人にしか分からなかった。


 側に控えている13航艦参謀長富岡定俊少将も厳しい表情をずっと崩していなかったが、その眼光は鋭く、まだその闘志は衰えていないようだった。


「第24、第25、第26航空戦隊司令部からの報告を集計すると即座に出撃可能な零戦は204機となっています」


 13航艦首席参謀入船直三郎大佐が大西と富岡の2人に対して現状の説明を開始した。


「第1特別航空隊の陣風は39機が健在です。健全な飛行場に要修理機が零戦・陣風合わせて49機存在していますが、この機体は戦力に数えることができません。損害を受けた飛行場の内、第5、第6飛行場は完全に使用不能となってしまっており、復旧には1日以上かかるとの事です」


「航空機は3割喪失、飛行場は半数使用不能か・・・」


「ここまで被害が拡大した理由は何だと考える!?」


「一番の理由は米軍が想定外の戦力を投入したことでしょうな」


「英軍機動部隊の規模はどれくらいだ!?」


「ラバウル南方面の偵察に出撃したC6Nからの報告によると、ラバウル南160海里の海域に空母3隻、戦艦2隻を基幹とする機動部隊が展開していたとの事です。戦艦の型がキングジョージ5世級だったということを考えるとこの艦隊が英機動部隊と見て間違いないでしょう」


 英軍機の存在が確認されたのは午前10時頃から始まった第3次空襲であり、それは日本軍基地航空隊の戦略が半ば破綻したことを意味していた。英空母3隻の艦載機が150機~200機程度だと予測すると米英機動部隊の総搭載機数は750機~800機となりラバウル航空隊の533機に対して3割程度優勢となってしまうのだ。


「我が方が落とした敵機の機数は何機だ!?」


「13航艦、第3飛行師団からの報告を集計すると今の時点で敵艦載機180機撃墜。200機撃破。重爆30機撃墜との事です」


「敵艦載機180機撃墜。200機撃破というのは話半分だな。実際の数はその半数から7割といった所だろう」


 入船からの戦果報告を大西は即座に否定した。多数の航空機が混交する空中という戦場では戦果誤認が発生しやすいということを搭乗員出身の大西はよく心得ていたのだ。


「ちなみに我が方の攻撃隊があげた戦果は正規空母1隻、小型空母1隻の撃破との事です。攻撃隊に随伴した攻撃機の損耗率は5割を超えているとの報告が入っており、2度目の航空攻撃は不可能だと考えます」


 13航艦は受け身に徹するだけではなく、米機動部隊に対して1回の航空攻撃を実施している。


 ラバウルの各飛行場から総数135機の攻撃隊が出撃し、米艦隊の1群に対して

集中攻撃を加えたのだ。大西はこの攻撃隊が米空母を2~3隻撃沈するものと読んでいたが、実際には小型空母の1隻も撃沈に追い込むことができず、空母2隻の撃破の戦果に留まったのだ。


 攻撃隊の損害を考慮すると全く割に合わない戦果である。


 攻撃機自体はまだ残っていたが大幅に打ち減らされてしまった攻撃機を出撃させたところでまともな戦果を上げる事など考えられなかった。


「このままでは不味いな・・・」


 入船の説明によってある程度戦況を把握した大西は言った。


「確かに我が13航艦と陸軍の3飛師だけではいずれ米英軍によって叩き潰されてしまうかもしれません。しかし、早ければ1日後にはトラックから出撃した第1航空艦隊がラバウルの救援に赴いてくれます!」


 富岡が声を励まして発言し、司令部の空気が幾分軽くなった。


 自分たちは孤軍で戦っているわけではない――いずれ友軍が来てくれる。そのような考えが司令部要員の気持ちを軽くしたのだろう。


「・・・そうだな」


 大西が富岡の激励に対して力強く頷いた。


 今は友軍の救援を信じて只戦うのみであった・・・








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