第66話 ユニオンジャック襲来
1943年5月29日
ラバウルに対する3回目の空襲が始まったのは午前10時の事であった。
第2次空襲によって電探設備が破壊されたため、敵編隊発見のタイミングは遅れてしまったが、80機近い零戦がこの日3度目の迎撃戦に望もうとしていた。
「これまでの空襲で航空隊が大分損耗したとは聞いていたが、元々の母数が多かったおかげでまだまだ戦えるな」
第203航空隊第4中隊長鬼瓦修平大尉は迫り来る敵編隊を見つめながら呟いた。
第3次迎撃に出撃したのは第26航空戦隊膝下の第203航空隊と第200航空隊だ。配備機の一部は1942年時点での零戦21型から零戦32型に更新されており、従来の21型と比較して時速が20キロメートル程度上昇している。
今日の朝の時点で両航空隊併せて128機の稼働機が存在していたが、これまでの空中戦で撃墜されたり、被弾後再出撃不能と判断された機体が多数に上ったため、現在の稼働機は80機を割り込むまでに落ち込んでしまっていた。
だが、こちらの戦力が減ったからといって米軍が空襲の手を緩めてくれるわけではなく、むしろここからが本番であると言えた。
「米空母艦載機じゃないな・・・」
風防越しにラバウルに接近してきている敵機の種類を判別した鬼瓦は言った。
鬼瓦の視界に入っているのはF4F、ドーントレス、アベンジャーといった単発機ではない。2000馬力級のエンジンを4つ装備した零戦よりも遙かに巨大な4発機だ。
しかも、その4発機の周囲に直衛戦闘機と思われる双発機の梯団が2団存在している。
4発機はB17(日本軍はまだB24の存在を掴んでいない)、双発機はP38で間違いないだろう。
P38の機数は50~60機といったところであり、P38が零戦隊の主敵になりそうだった。
「山川1番より全機へ。狙いはP38。B17は他の航空隊に任せる」
第203航空隊指揮官を務める山川学少佐の声が機上レシーバー越しに聞こえ、前方の敵編隊から30機以上のP38が突っ込んできた。
双発双胴の奇異な機影を持つ機体が突っ込んでくる様子は凄みに溢れており、大相撲の横綱が零戦という小力士を押し潰さんといているように感じられた。
その横綱の機首から両翼にかけて満遍なく発射炎が閃いた。
その数は2条や3条といった数ではない。何と1機当たり5条の火箭が吹き伸びていた。
数百条の火箭が張り手の如き勢いで殺到してくるが、その張り手が小力士に命中することはない。
鬼瓦も機体の操縦桿を左に倒して射弾を回避し反撃に移っている。
この回避によって第4中隊は2分割されてしまったが、2機の僚機が追随していれば戦力としては十分である。
P38との真っ正面での撃ち合いを避けた鬼瓦は、P38の下から突き上げるようにして機体を肉薄にした。
下から狙われている事に気づいたP38が回避をかけるが、P38が水平旋回をかけたときには鬼瓦機から20ミリ弾が放たれている。
真っ赤の2条の火箭が突き上がり、その内1条がP38の下腹に突き刺さった。
後続の2番機、3番機も機銃を放ち、鬼瓦機が体勢を立て直した時にはP38は海面に叩きつけられている。
零戦32型3機による集中射撃がP38に致命傷を与えたのだ。
この頃には空中戦は乱戦の様相を呈しており、多数の飛行機雲が複雑に絡み合っていた。
果てしなく零戦対P38の戦いが繰り広げられるかと思われたが、その戦場に大きな異変が起こったのはその時であった。
鬼瓦の視界にラバウルの南から接近してきている新たな敵編隊が飛び込んできたのだ。
「第4中隊長機より指揮官機。3時方向より新たな敵機多数!」
鬼瓦が新たな敵編隊の存在を指揮官の山川に伝えたが、山川から返信が返ってくる事はない。
この乱戦で山川も無線に応じるどころではないか、考えたくはないが既に撃墜されているのかもしれなかった。
新たに襲来した敵編隊の規模は優に50機を超えている。
それに対して即座に反応できている日本側の航空隊はいない。
陸軍航空隊はもっと内陸側に展開しており、1特航の陣風隊は行方がしれなかった。
「・・・!!」
敵編隊が全機加速して乱戦場に突っ込んでくる様子を見た鬼瓦は、思わず驚愕し、呻き声を漏らした。
普通攻撃隊というものは戦闘機と攻撃機が半数半数で形成されており、攻撃隊全機が敵戦闘機隊に向かって突っ込んでくるというのはあり得ないからだ。
おそらく敵編隊に攻撃機は1機も存在せず、全機が戦闘機で固められているのだろう。
鬼瓦は零戦の機首を新たな敵編隊に向けた。
中隊の2機も相変わらず追随しており、他にも20機程度の零戦が鬼瓦機と同様の機動を取っていた。
挨拶代わりに鬼瓦が7.7ミリ機銃2丁を放ち、すぐ後ろに控えていた敵機にも同じく7.7ミリ機銃を叩き込んだ。
7.7ミリ機銃では敵機に致命傷を与えるには至らないが今は1機でも多くの敵機に手傷を負わせることが先決だ。
ここまま暴れてやろうと鬼瓦は考えていたが・・・
「・・・!!」
自機の右上方から突っ込んでくる敵機から放たれた火箭が自機に突き刺さった瞬間、鬼瓦は自分の破局を悟った。
灼熱の火箭で体を貫かれても不思議と熱いという感覚はなく、薄れゆく意識の中で最後に鬼瓦の目に映ったのは敵機の側面に描かれているユニオンジャックであった・・・
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