第65話 戦果僅少
1943年5月29日
1
――――攻撃開始から約30分が経過したところで、米機動部隊の上空には静寂が戻りつつあった。
あれだけ空中を埋め尽くしていた対空砲火の爆煙はきれいさっぱり消えており、被弾・被雷した艦から盛大に噴き出している黒煙が南太平洋の青空を焦がしていた。
「損害を与えた空母は2隻で、どちらも沈没の気配なし、か・・・」
少し離れた空域から戦況把握に努めていたC6N操縦員の八田は嘆息混じりに呟いた。
13航艦が出撃させた攻撃隊の機数は135機。この機数は機動部隊の正規空母2隻分の全力出撃とほぼ同数であり、攻撃隊を先導していた八田は敵空母の1隻や2隻は確実に撃沈してくれるものと確信していた。
だが、蓋を開けてみると攻撃隊はF4Fの執拗な迎撃と敵艦隊の濃密な対空砲火に阻まれて、正規空母1隻、小型空母1隻、軽巡1隻、駆逐艦3隻を撃破しただけに終わった。
撃破した艦艇の内、軽巡1隻と駆逐艦1隻は撃沈確実との報告が攻撃隊指揮官機より上げられていたが、肝心の空母が撃沈出来ていないことには変わりなく、出撃機数を考えると僅かな戦果でしかない。
C6Nからざっと見渡しただけでも攻撃隊の約半数が未帰還になっているものと思われ、辛うじて生き残った機体も被弾している機体が大半であり、無傷を保っている機体は数えるほどしか確認出来なかった。
「今回の攻撃に関してはこっち側の敗北であると認めざるを得ませんね」
「そうだな・・・」
八田の後ろに座っている山川が話しかけてきたが、八田は力なく返答することしかできなかったのだった・・・
2
ラバウルの南200海里の海域を1群の機動部隊が輪形陣を組んで航行していた。
「地球を半周して米太平洋艦隊に助太刀することになるとは思わなかったな」
空母「インドミタブル」艦長ウィリアム大佐は南太平洋の蒸し暑さに少しイライラしながら呟いた。
「それにしてもドイツとの航空戦が活発化している今の状況下でよく太平洋方面に空母部隊を派遣するという判断がなされたものですな。しかも1隻や2隻ではなく3隻も」
側に控えていた副長のオリバー中佐がウィリアムに話しかけた。
イギリス太平洋艦隊
空母「イラストリアス」「ヴィクトリアス」「インドミタブル」
戦艦「デューク・オブ・ヨーク」「アンソン」
巡洋艦5隻、駆逐艦22隻
イギリス太平洋艦隊は空母3隻、戦艦2隻、巡洋艦5隻、駆逐艦22隻という堂々たる陣容であり、空母3隻の搭載機数は計158機に達していた。
「イラストリアス」「ヴィクトリアス」「インドミタブル」の3隻はただの空母ではない。近年急速に強大化している急降下爆撃の脅威に対処すべく飛行甲板に76ミリの装甲が張り巡らされている装甲空母と言われる艦種であり、500ポンドクラスの爆弾ならはじき返すほどの防御力を持っていた。
飛行甲板装甲化の代償によってこの3隻の空母は基準排水量が2万トンを大きく超えているにも関わらずその搭載機数は50機程度であったが、飛行甲板の装甲化はそれを補って余りあるものだとウィリアムは考えていた。
「事前の計画ではラバウル南150海里の海域にさしかかった時に第1次攻撃隊を発進させる予定となっています。そろそろ整備長に艦載機を飛行甲板上に上げるように命令しましょう」
「ああ、第1次攻撃隊は全機戦闘機で構成している。ガダルカナルの米軍基地航空隊の露払いが役目だ」
ウィリアムは約30分後格納庫から艦上機を上げるように整備長に命令し、「インドミタブル」に装備されている2基の艦上機用エレベーターがせわしなく動き始めた。
3隻の空母から発進する戦闘機はイギリス海軍固有の戦闘機ではない。全機が米国よりレンドリースされたF4F「マ-トレット」だ。
イギリス軍は空母艦載機の研究に出遅れてしまっており、アメリカ海軍のF4Fを貸与しているのだった。マートレットは艦載機として完成度が高く、搭乗員の評判がいい機体なのでこの戦いでの大いなる活躍をウィリアムは心の中で期待していた。
第1次攻撃隊の暖機運転が始まり、飛行甲板をエンジンの轟音が埋め尽くした。
3
ガダルカナル島の2000メートル級の滑走路からはB17に続く新型重爆がその腹に目一杯爆弾を積み込みながら順次離陸しようとしていた。
B24「リベレーター」。
「空の要塞」と畏怖されているB17の系譜に連なる機体であり、このラバウル攻略作戦に合わせて計60機が最前線に配備されたのだ。
多数の対空機銃座と20ミリ弾が命中したとしても容易には墜落に至らない防御装甲がB17から引き継がれた特徴であり、B17と比較して航続距離が2割ほど伸びている。
程なくして最初の1機が離陸を開始し、後続機がそれに続く。
出撃するのはB24だけではない。
搭乗員に「メザシ」の愛称で親しまれているP38も36機がB24爆撃隊に随伴する。
双発機のP38は時速650キロメートルに迫る速力を持つ優秀機であり、その航続距離の長さも相まって爆撃隊の護衛に最適な機体だと目されていた。
イギリス軍母艦航空隊と米軍の基地航空隊がラバウルに殺到し、この日一番の激戦が開幕するのは2時間後の事であった・・・
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