第64話 進化した機動部隊

1943年5月29日


――――100機以上の日本軍攻撃隊はその数を3分の2程度まで打ち減らされながらもTF41・2に接近してきた。


「ラバウルの飛行場から発進した機体だな。奴らもこっちがずっと攻撃側に回っているのを許してくれる訳ではないらしい」


 空母「カウペンス」砲術長ジョージ・R・ヘンダーソン中佐は艦隊輪形陣の外側で展開されている航空戦を見つめながら呟いた。


 迎撃に出動したF4Fは68機。


 「カウペンス」の射撃指揮所から見る限りでは空中戦は米側の優勢で推移しており、黒煙を噴き出しながら墜落していく機体も赤いミートボールが描かれたものが過半を占めていた。


 F4F隊が日本軍機を撃墜する度に「カウペンス」の艦橋では歓声が湧き、飛行甲板配置の乗員はその拳を天に向かって突き上げていた。


 空母部隊のTF41は2群に分かれているが、敵編隊が2つに分離する様子はない、日本軍の司令官はTF41・2に攻撃を集中させるつもりなのだろう。


 TF41・2の中核は1942年以降に新たに竣工した新鋭空母4隻で固められている。


 エセックス級空母「エセックス」「エンタープライズ2」と軽巡改装軽空母インデペンデンス級の「インデペンデンス」「カウペンス」だ。


 そして、輪形陣の外郭にはサウスダコタ級戦艦2隻、ノースカロライナ級戦艦1隻を始めとした艦が鉄壁の防御態勢を構築していた。


 長らく迎撃戦を継続していたF4F隊が一斉に離脱していき、真っ先にフレッチャー級駆逐艦が38口径5インチ高角砲を振りかざして対空射撃を開始する。


 それに呼応したかのように軽巡・重巡の艦上からも断続的に発射炎が閃き、TF41・2の頭上は砲弾炸裂時の黒煙で埋め尽くされんばかりの勢いであった。


「各砲座の担当員は臨戦態勢! それ以外の者は艦内へ早急に避難せよ!」


「機銃群対空戦闘準備!」


 ヘンダーソンは矢継ぎ早に2つの命令を発し、「カウペンス」の飛行甲板が俄に騒然とし始めた。


 「カウペンス」に装備されているボフォース40ミリ機関砲22門、エリコン20ミリ機関砲16門が一斉に敵機が接近してきている方向にその銃口を向ける。


「射撃開始!」


 ヘンダーソンが下令し、各機銃座から青白い火箭が噴き伸び始める。


 40ミリ、20ミリといった口径の機関砲は戦艦の主砲の40センチ砲や重巡の20センチ砲といった巨砲と比較すると遙かに小粒であったが、その砲声は強烈なものであり、機銃員の腹に十分に堪える規模であった。


 多数の機銃座から矢継ぎ早に射弾が放たれ、発射時の衝撃が「カウペンス」の基準排水量13000トンの鋼鉄製の艦体を震わせる。


 ケイト1機が弾片に機体を抉られて編隊から落伍し、エンジンに1発を喰らった双発機のペディが機体の推進力を失って海面へとその進路を変更する。


 対空砲火によって日本軍機が1機、また1機と撃墜されるが、身を翻してラバウルの飛行場に逃げ帰る機体は1機もいない。


 「カウペンス」の対空射撃も戦果を挙げ始めた。


 空中に巨大な火焔が湧き出し、ヴァル1機が神隠しにでもあったかのように消失した。


 40ミリ弾がヴァルの燃料タンクを一突きにして誘爆を起こさせたのだろう。


 さほど間を置かずに2機目のヴァルが図太い火箭にコックピットを粉砕され、搭乗員席の内部が血の泥濘に変化する。


 先程まではF4Fが挙げる戦果に喜んでいた機銃員であったが、今はそんな余裕は全くない。射手は必死の形相で引き金を引き続け、給弾員も額に大汗を浮かべながら給弾ベルトを交換し続けていた。


 TF41・2の艦艇の対空砲火が多数の日本軍機を打ち砕いたが、このような激しい火力でも決死の思いで突撃してくる日本軍機全機を防ぎきる事はできない。


 「カウペンス」の右舷から20機以上、左舷からも20機以上の敵機が輪形陣の内部に侵入してくる。


 ここでヘンダーソンは一部の日本軍機が機動を変えたことに気付いた。


 輪形陣の内部に侵入できなかった10機程度の艦爆・艦攻が攻撃態勢に入ったのだ。


 目標は空母ではない。


 それらの機体に狙われたのはアトランタ軽巡「サンディエゴ」と駆逐艦2隻だ。


 駆逐艦2隻の艦上に2回ずつ爆発が確認でき、「サンディエゴ」の右舷側から長大な水柱が2本立ち昇るのも確認された。


「くそったれ!」


 ヘンダーソンは味方艦艇の相次ぐ被弾・被雷に地団駄を踏んだが今は自艦の事で精一杯だ。


「敵雷撃機『エンタープライズ2』に接近しています!」


「『インデペンデンス』の上空にヴァル多数!」


「本艦右舷よりケイト2機接近中! その後ろにもう3機!」


「右舷機銃群の射撃を海面付近に集中させよ! 投雷を許すな!」


 ヘンダーソンが叩きつけるように命令し、ケイトに火箭が殺到する。


 前方の2機が立て続けに被弾し、その内1機は苦し紛れに投雷したが雷跡はあさっての方向に流れてゆく。


 前方の2機に射弾が集中している間に後方のケイト3機が「カウペンス」との距離を縮めてきたが、このタイミングで「カウペンス」の舵が効き始めた。


 右舷前方のケイトが後方に流れてゆき、射撃指揮所の死角に消える。

 

 取り敢えず「カウペンス」は目先に危機を乗り切ったのだった。

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