第63話 送り狼攻撃隊

1943年5月29日


 米軍の第2次攻撃隊は約40分程度で終結した。


 攻撃前と比較して明らかに数を打ち減らされたF4F、ドーントレス、アベンジャーが疲れ切ったように離脱していき、その背後を追跡するように多数の機影が出現した。


 99艦爆、97艦攻、一式陸攻が攻撃隊の中核を形成しており、それを45機の零戦が護衛していた。


 戦爆雷135機の梯団はラバウルの上空を西から東に向けて通過していく。


 ラバウルの西側にある第1から第3までの飛行場は損害が皆無であったが、東側にある第4から第6までの飛行場からはうっすらと火災煙が立ち昇っていた。


 第6飛行場の損害は特に酷いらしく、電探と思われる建物が倒壊している他、滑走路にも複数の土を掘り返された跡が確認できた。


「敵攻撃隊を追跡する日がくるとは思わなかったな」


 攻撃隊を先導する事になった試作C6N(ポートモレスビー航空隊所属、第701航空隊)の操縦桿を握っている八田元気少尉は、後方に座っている偵察員の山川幸太兵曹長、電信員の菅原椎名兵曹に話しかけた。


「この機体の初陣としては面白い任務じゃないですかね」


 八田が反応した。


 今八田、山川、菅原の3名が乗っている機体はまだ試作機に類別されている「C6N」だ。


 C6Nは直線的な細長い胴体と大径プロペラ、長い主脚が特徴のスマートな機体で、ひたすら高速性能を追求した設計となっている。


 高速性能を得るため、空気抵抗を減らすことに重点が置かれており、その成果が出たのかこの試作C6Nの最高速度は時速654キロメートルが確認されている。


 米海軍主力戦闘機のF4F「ワイルドキャット」が時速500キロメートルだということを考慮すると十分な速度性能を持つ機体だと言え、運用が予想される偵察機の任務を十分にこなせる機体だと八田は考えていた。


「この機体があればラバウル基地航空隊の連中を確実に敵機動部隊の上空に誘導することができる。実際に敵艦に損害を与えれるかどうかは攻撃隊の連中の腕次第だがな・・・」


 実はこの攻撃隊の発進は事前の作戦計画に組み込まれていなかった動きであった。


 ラバウルの基地航空隊は救援の第1航空艦隊が到着するまで徹底的な防御持久戦を行う事が取り決められていたため、攻撃隊の出撃など当然計画されていなかったのだ。


 だが、敵艦上機に一方的に叩かれ続けられている現状に業を煮やした13航艦司令長官の大西中将がラバウルに存在していた攻撃機をかき集めて攻撃隊の発進を命じていたのだ。


 この時点で日本側は米機動部隊の現在位置を把握していなかったが、攻撃隊の機数は135機とかなりのものであり、この大西長官の決断が吉と出るか凶と出るかはまだ誰にも分からなかった。


「あっちは気付きますかね。我々の存在に」


「流石に数十機の米軍機搭乗員がいて誰も100機単位の攻撃隊に気付かないという事はないだろうな。しばらくしたら我々の存在は母艦に報告されるはずだ」


「だとしたら嫌な状況ですねぇ。攻撃隊は十分に迎撃態勢を整えた敵機動部隊の直中に突っ込んでいくわけですから」


 敵機動部隊の規模は空母7隻乃至8隻。総搭載機数600機程度だと予測されていた。


 そう考えると50機~100機程度のF4Fが攻撃隊迎撃のために出てきてもおかしくはなく、どこまで零戦隊が敵戦闘機の迎撃を防ぎきれるかは未知数であった。


 しかも、F4Fの迎撃を凌ぎきった後に攻撃隊を迎え入れるのは敵艦隊の統制された対空射撃だ。昨年のポートモレスビー沖海戦でも多数の99艦爆、97艦攻が叩き落とされており、それから半年以上が経過した今、その対空砲火は更に強化されていると考えて良かった。


 そして、1時間20分が経過した時、敵艦隊の姿がおぼろげに出現しはじめた。


 前方警戒に当たっている駆逐艦が八田の視界に入り、八田が前方に出現しつつある多数の黒点を確認した。


 米空母から発進したF4Fが迎撃に発進してきたのだ。


 八田が操縦桿を左右に振りC6Nの機体が大きくバンクした。


 零戦の半数が攻撃機の側から離れ、残りの半数は定位置を守っている。


「さって、こっちは離脱だ!」


 零戦とF4Fが空中戦を開始したのを確認した八田はC6Nのエンジンをフル・スロットルに開いて速度計の針が目まぐるしい動きで回っていった。


 C6Nの速度が瞬く間に時速600キロメートルを超え、バックミラー越しに映る乱戦の戦場が徐々に小さくなってくる。


 C6Nが戦場から一時離脱を開始した直後から双方の戦闘機に被撃墜機が出始めた。


 F4Fが両翼一杯に12.7ミリブローニング機銃の発射炎を閃かせながら突っ込み、吹雪のように殺到してきた12.7ミリ弾に2機の零戦が搦め捕られる。


 零戦隊も反撃とばかりにF4Fに対して20ミリ弾を撃ち込み、同数の2機を撃墜することに成功したが、前方に進出した零戦隊20数機が防ぐことが出来たF4Fはそれだけだった。


 ざっと見えるだけでも30機以上のF4Fが攻撃隊本隊に接近してきている。


 ここから敵空母に取り付くまで長きに渡る試練を攻撃隊は経験することになるのだった・・・


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