第60話 陸軍機参上
1943年5月29日
陣風隊がF4Fの大軍を相手取っている間に、ラバウル上空の防衛を担当する陸軍航空隊は迎撃準備を整えて待機を続けていた。
「F4Fは海軍さんが相手取ってくれていてドーントレスが手つかずの状態か・・・。理想的な状態だな・・・」
第3飛行師団第70戦隊第2中隊長を務める小川誠大尉は空戦開始の瞬間を首を長くして待ちわびていた。
第3飛行師団第47戦隊、第70戦隊の装備機は2式戦闘機「鍾馗」。
「鍾馗」は従来の陸海軍戦闘機と比較すると、旋回性能よりも速度を優先させた設計となっており、優れた上昇力、加速力、急降下性能をも備えた新時代の優秀機であると目されていた。
反面、旋回性能と航続距離は従来の日本軍機と比較すると劣ったものであり、翼面荷重が大きいというデメリットもあったが、最高速力時速605キロメートルという速度性能はそれを補って余りあるものであった。
「鍾馗」は開戦劈頭の南方作戦でかなり活躍した機体であり、その実績が評価されこのラバウル防空戦に大挙2個戦隊が投入されたのだ。
「米軍の空母艦載機とは初手合わせだが、P40やP38相手に実戦経験を積んできた俺達の実力は米軍機搭乗員のそれを凌駕するはずだ。相手に一泡吹かせてやるぞ!」
出撃前に第70戦隊飛行長はこのような檄を飛ばしており、それを聞いた搭乗員連中も大いに士気を高めていた。
中国の民間伝承に伝わる道教系の神「鍾馗」よろしくラバウルに降りかかってくる災厄の魔除けの役割を果たしてやる――――――そのような思いが小川の脳裏を駆け巡った。
陣風隊との乱戦に巻き込まれずにラバウルに対して進撃を継続している敵編隊の機数は80機といった所であり、その内4分の3に当たる60機をドーントレスが占めていた。
第70戦隊戦隊長兼第1中隊長黒江保彦少佐の鍾馗が左右に大きくバンクし、第1中隊16機が一斉に散開した。
第1中隊は全機がF4Fに対して機首を向けている。後続の第2中隊、第3中隊の攻撃を容易にするために黒江は自らの中隊でF4Fを排除する役割を買って出たのだ。
鍾馗から放たれた12.7ミリ機関砲弾、7.7ミリ弾とF4Fから放たれた12.7ミリ弾が交錯し、空中に赤色の文様が浮かび上がる。
コックピットを打ち砕かれた鍾馗がうなだれたように墜落し、燃料タンクを撃ち抜かれたF4Fがひだるまになって空中をのたうち回る。
鍾馗もF4Fも互いにずんぐりむっくりとした機体であり、その2機種が戦っている様は闘牛同士の決闘を見せつけられているようだった。
F4Fと戦う第1中隊を尻目に小川はエンジンをフル・スロットルに開いて右前方を飛行しているドーントレス編隊に向けて突進を開始した。
第2中隊に狙われている事に気付いたドーントレス数機が一斉に機体前部に発射炎を閃かせた。
1機当たり2条の火箭が噴き伸び、多数の射弾が吹雪の如き勢いで第2中隊に向けて殺到してきた。
12.7ミリ弾の雨霰に機体が包み込まれるが、小川はそれを無視するかのように機体を突っ込ませて、彼我の距離が十分に詰まるや否や12.7ミリ機関砲の発射ボタンを押した。
2条の火箭が目標に定めたドーントレスの右翼に突き刺さり、後続の2番機、3番機が放った射弾も相次いで命中する。
合計4機の鍾馗から大量の機関砲弾を撃ち込まれたドーントレスはよろめきながら高度を落とし、大量の黒煙を噴き出しながら編隊から落伍する。
小川が直率する第2中隊第1小隊が1機撃墜の戦果を上げたときには、他の第2、第3、第4小隊の1機ずつのドーントレスを仕留めている。
被弾したドーントレスはそのいずれもが黒煙を盛大に噴き出しているような状態であり、とてもラバウル上空まで持ちそうになかった。
「海軍さんと黒江さんの第1中隊がF4Fを牽制してくれている。この状況でドーントレスに飛行場に投弾を許そうものなら切腹ものだ」
小川は一撃離脱戦法によって失った高度を上昇機動によって回復させながら呟き、次なる獲物に機首を向けた。
小川が狙いを定めたのはドーントレス群の最後尾だ。
ドーントレスが鍾馗を引き離すべく機体を加速させたが、最高速力400km/時そこそこの速度性能では鍾馗を引き離す事は叶わない。
苦せずしてドーントレス群に機体を追随させた小川は再び12.7ミリ機関砲の発射ボタンを放ち、同時にダメだしと言わんばかりに7.7ミリ機銃も撃ち込んだ。
小川機から放たれた射弾は悉くドーントレスの尾翼に撃ち込まれ、ドーントレスの水平尾翼が衝撃に耐えかねて音を立てて千切れ飛んだ。
小川機が撃墜したドーントレス付近のもう1カ所で爆発が起き、更に1機のドーントレスが火焔に包まれながら墜落していく。
空戦の戦場はラバウル上空に移っており、鍾馗の猛攻を凌ぎきったドーントレスが滑走路に1000ポンド爆弾を叩きつけるべく緩降下を開始したが、その数は著しく減少していたのだった・・・
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