第59話 新型陣風発進

1943年5月29日


 大幅に緊張が高まった南太平洋戦線だったが、5月の上旬に米軍が目立った動きを起こすことはなかった。


 ガダルカナル島より発進したB17で構成された重爆部隊が2日乃至3日でラバウルの飛行場に空襲をかけてくる事や、高度7000メートルの高度でラバウル上空に侵入したB17が偵察行動を行う事はあったが、米機動部隊がラバウルに殺到してくるような事はなかった。


 日本側の潜水艦部隊を中心とする偵察部隊もハワイ方面に偵察に出撃しており、断片的ではあるが日本側に貴重な情報をもたらしてくれた。


「オアフ島に大型艦3、中型艦4入港セリ」


「エニウェトク環礁に大型艦2、巡洋艦5隻入港セリ」


 そして、偵察に出ていた97艦攻が敵機動部隊を確認し、ラバウル全体に敵機来襲を知らせる空襲警報が鳴り響いたのは1943年5月29日の事だった。


 ラバウルに6カ所存在している飛行場では各飛行隊飛行隊長の訓示が行われ、訓示が終わるのと同時に搭乗員が一斉に愛機に飛び乗った。


 最前線の部隊であるだけに行動は早く、5分後には戦闘機隊が発進を開始していた。


 時刻は午前5時を回った所であり、太陽が昇りつつあるタイミングでの出撃となった。


「第1号電探より各飛行隊。敵編隊はラバウル東100海里の海面を進撃中。機数は約120機前後」


「120機か・・・。腕が鳴るな」


 第1特別航空隊戦隊長下園邦夫少佐は操縦桿を操りながら静かに呟いた。


 ポートモレスビーを巡る戦いで大きく損耗した第1特航戦は内地で再建が行われ、再建叶い装備機60機となったこの部隊が迎撃戦の先陣を切ることとなったのだ。


 接近してくる敵編隊に対して機数では不利だったが、搭乗員達の極めて旺盛である。


 約10分が経過した時、


「来たな」


 正面を見つめていた下園の目に多数の黒点が映った。最初は点に過ぎなかったものが徐々に形を整え飛行機の形を表す。


 最初に現れたのはF4Fであり、その後に艦爆隊が追随していた。


 F4F隊で日本側の戦闘機を掃討し、ドーントレスの爆弾を飛行場の滑走路に叩きつけようという腹だろう。


「下園1番より全機へ。我が部隊はF4Fを相手取る。慣れた機体だが油断はするな、かかれ!」


 膝下全機の陣風に機上レシーバーを通して指示を送り、下園は自らの機体を加速させた。


 敵編隊から分離してきたF4Fが30機以上陣風隊に突っ込んでくる。ずんぐりむっくりした零戦とは対角線上に存在している機体はエンジンを高らかに轟かせていた。


 F4Fが一斉に12.7ミリ弾を放ち、陣風を搦め捕ろうとするが射弾が到達した時にはそこに陣風は1機もいない。


 宙返り、捻り込み、左右横転といった空戦技術を持って射弾を回避する。


 急降下によってF4Fの初撃を回避して下園機に2機のF4Fが追随してくる。


「・・・!!」


 急降下してくる時間が長くなるにつれて体が鉛のように重くなり、意識が飛びそうになるが下園は歯を食いしばって耐える。


 高度500メートルで機体の引き起こしをかけ、F4F2機編隊の後ろに回り込む事に成功した下園機はお返しとばかりに12.7ミリ弾をぶち込んだ。


 陣風の翼内4カ所から細長い火箭が噴き伸び、F4F2番機の尾部や胴体後部にかけて命中する。引き裂かれた胴体から大量の黒煙が噴出し、左の水平尾翼が吹き飛ぶ。


 機体のコントロールを失ったF4Fは海面に叩きつけられ下園の視界から一瞬にして消失する。


「いいぞ新型機!」


 空戦開始早々1機撃墜の戦果を上げた下園はコックピット内で喝采を叫んだ。


 第1特航戦陣風60機の内半数の30機は従来の陣風11型から陣風21型に更新されている。


 陣風11型(=F4F)に搭載されていたPratt&Whitney R―1830―86エンジンを盟邦ドイツから輸入したダイムラー・ベンツ・DB・605に換装した機体だ。


 アメリカ製の機体にドイツ製のエンジンを載せるという普通にメチャクチャな事をやっているため調整が非常に難航したが、半年の時を経て何とか最前線に送り出せるまでにその完成度を高める事に成功した。


 最高速度は時速556キロメートルであり、高度6000メートルまでの到達時間は6分20秒という性能に仕上がっており、F4Fに対して空戦で優位に立てると思われていた。


 2機目に狙いを定めた下園は操縦桿を左に倒した。


 陣風の機体が横転し、視界が右から左に流れていく。


 照準器の白い環の中目いっぱいにF4Fの機影に収めることに成功した下園は機銃の発射ボタンを力強く押し込んだ。


 下園機から放たれた火箭の内半数がF4Fの機首を貫いた。


 エンジン・カウンセリングを吹き飛ばされたF4Fは空中に大量のエンジンオイルをぶちまけて、破孔から赤い炎をちらつかせる。


 下園は自機の速力を緩めることはしない。陣風得意の一撃離脱戦法を出来る限り徹底していこうと考えているのだ。


「まだまだいくぞ、米軍!」


 そう言い放った下園は乱戦の中に身を投じていったのだった・・・




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