第57話 ラバウル攻略作戦

1943年4月



 日本軍がラバウルに多数の航空隊を進出させて防御を固めている事は米太平洋艦隊司令部も掴んでいた。


「ポートモレスビー沖海戦(第2次珊瑚海海戦の米側公称)の後、日本軍は大幅に方針を変更したようだな。日本軍の戦力配置に異変が生じている」


 通信士が電文を読み上げ、それを聞いた太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ大将は静かに呟いた。


「ポートモレスビーを攻略した時点で日本海軍の攻勢は限界点だったのかもしれません」


 首席参謀ウィリアム・クック大佐が言った。ポートモレスビー沖海戦時には空母部隊の分散配置を提唱した人物であり、米海軍内では策謀家として知られていた。


「ポートモレスビー沖海戦において我が方は『エンタープライズ』沈没、『ホーネット』鹵獲、他にも戦艦1隻を失うなどの損害を受けましたが、『アカギ』を撃沈し『ソウリュウ』『ズイホウ』に損傷を与える事に成功しています。更に昨年後半から太平洋艦隊膝下の潜水艦部隊がラバウルに向かう敵の輸送船団を攻撃し、推定5万トン以上の艦艇を撃沈しています。南太平洋に展開している日本軍は息切れを起こしているのだろう、と私は考えます」


「私はクック大佐と違う考えを持っています」


 クックの隣に座っていたキース・ハート中佐が右手を挙げ発言許可を求めた。


 ニミッツが頷いて発言許可を出した。


「日本軍は敢えて攻勢を完全に諦めて防戦に徹することによってラバウルに戦力を集中させ、我が軍を自分たちの内懐に誘い込もうとしているのだと本官は予想します」


「ハート大佐の言うとおりなら由々しき事態だな」


 そう言ったニミッツが僅かに顔を曇らせた。


 アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトの強力な意向により次の攻略目標はラバウルということが既に決められていた。この方針はワシントンの統合幕僚本部でも正式に裁可されたものであるため今から覆すことは不可能であった。


 つまり米軍は日本軍が予め十分に防備を固めている地に自ら踏み込まなければならない。


「・・・だが実戦部隊としてはラバウルを攻略することが期待されている。腹を括ってラバウル攻略作戦を遂行するしかあるまい」


 そう言ったニミッツにクックが話を引き継いだ。


「ラバウル攻略作戦に参加する兵力は先に決められた兵力で宜しいでしょうか?」


 クックの問いかけに対してニミッツは壁に貼られている編成表を見つめた。


 そこには5月後半から6月前半に実施されるであろうラバウル攻略作戦参加予定艦艇が全て艦種別に記されていた。


 艦隊の中核となる空母は7隻を数える。


 開戦以来生き残っている「サラトガ」「ヨークタウン」「ワスプ」。


 1942年の12月より順次竣工が始まった新鋭エセックス級に類別される「エセックス」「エンタープライズⅡ」。


 軽巡改装軽空母インデペンデンス級「インデペンデンス」「カウペンス」。


 正規空母5隻、軽空母2隻の陣容でありその搭載機数は約560機と日本海軍機動部隊に迫る力を持つと考えられていた。


 これら7隻の空母はウィルソン・ブラウン中将率いる第41任務部隊に配置され、重巡2隻、軽巡6隻、駆逐艦48隻がその護衛に付く。


 ラバウル攻略作戦に参加する部隊はブラウンの部隊だけではない。


 新鋭戦艦6隻、重巡5隻、駆逐艦24隻で構成されている砲戦部隊がそれだ。


 新鋭戦艦の内訳はノースカロライナ級戦艦「ノースカロライナ」「ワシントン」、サウスダコタ級戦艦「サウスダコタ」「インディアナ」「マサチューセッツ」「アラバマ」となっており、重巡は全てニューオーリンズ級で固められていた。


 第42任務部隊と呼称されるこの部隊の司令官はジェス・オルデンドルフ少将。


 砲戦部隊に配置された新鋭戦艦6隻はそのいずれもがワシントン条約失効後に建造された戦艦であり、未だに旧式戦艦を主力に置いている日本海軍戦艦部隊を圧倒する戦力として考えられていた。


 これらの他にもラバウル攻略を担当する陸軍部隊を乗せている輸送船、それを護衛する護衛空母、護衛駆逐艦合計100隻が準備されており、以上の戦力がラバウル攻略作戦に参加する米軍艦隊戦力の全容だった。


「ラバウル攻略作戦の際にはTF41、42だけではなくガダルカナル島の基地航空隊の重爆部隊も参陣します」


 クックが机に新たな資料を滑らした。


 そこにはガダルカナル島3カ所の飛行場に展開しつつある基地航空隊の陣容が記されており、ガダルカナル島の航空戦力も十分戦いに投入出来る事を表していた。


 目を見張るのはB17の機数であり200機はラバウル攻略作戦に投入することができそうだった。


「これだけの戦力を揃えた以上太平洋艦隊司令長官としてはラバウル攻略作戦の成功を祈るのみだ」


 ニミッツはそう言って会議を締めくくった。



 多数の航空隊が進出し、飛行場設備が大幅に拡張されつつなど最前線の空気が張り付いているラバウルに飛行甲板を飛行機で埋め尽くした護衛空母が2隻入港しつつあった。


 2隻の空母に目いっぱい搭載されている機体は零戦・99艦爆などの海軍機ではない。


 新たにラバウルに進出することが決められた陸軍航空隊所属機である。


 ラバウルを守る新たな翼が今最前線に到着したのだった・・・

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