第56話 GFの選択

1943年4月


「敵の次の目標は十中八九ラバウルだと見て間違いないな」


 連合艦隊司令長官山本五十六大将は旗艦「長門」の艦橋で静かに話を開始した。


「間違いありません」


 2月の人事異動で新たに参謀長に任命された小林謙吾中将が答えた。


 小林は「球磨」「高雄」「陸奥」の艦長などを歴任しており、第1艦隊参謀長の職にあった人物だ。経歴からして生粋の砲術家であったが、小林は柔軟な思考の持ち主でもありそれが評価されGF参謀長に推挙されたという裏話がある。


「24航戦からの報告によりますとラバウル東550海里のガダルカナル島に米軍の大飛行場が稼働しているとの事です。ラバウルの攻略を睨んだ米軍の戦略と考えてよいでしょう」


「米軍がラバウルを迂回してもっと北方のトラック環礁などを狙う可能性はないか?」


「もし米機動部隊がトラックに来襲したとしても我が方はトラックとラバウルの基地航空隊そして第1航空艦隊で迎え撃つ事ができます。米軍の性格からして危険度が高く投機的な戦法は取らないでしょう」


「米軍がラバウルに来襲するとするとその時期はいつ頃になる?」


「短兵急に米軍がラバウルに殺到してくることはないでしょう」


 連合艦隊主席参謀藤井茂中佐が発言した。


「第2次珊瑚海海戦後の我が軍の大幅な戦力転換によってラバウルに大兵力が展開していることは米軍も掴んでいるはずです。米軍の機動部隊の現有戦力ではいささか戦力不足だと本官は考えます」


 藤井が第2次珊瑚海海戦後から再建が続けられている米機動部隊について言及した。


 軍令部が掴んでいる情報によると米機動部隊の稼働空母は正規空母4隻、軽空母2隻程度だと考えられており、米軍がラバウルの攻略に着手するのは空母をもう1、2隻増強させた後だろうと藤井は睨んでいた。


「南太平洋の制海権・制空権を意地するためにもラバウルを死守しなければならない。GFの主力を全て注ぎ込んだとしてもだ」


 そう言った山本は「長門」艦橋の壁に貼られている表に視線を移した。


 機動部隊の第1機動艦隊の編成表だ。


 昨年8月の第2次珊瑚海海戦によって「赤城」を喪失して「蒼龍」「瑞鳳」に手傷を負うなどの手痛い損害を受けた機動部隊だったが、この4月までに正規空母「鳳龍」、客船改造空母「飛鷹」、軽空母「龍鳳」などの空母が戦列に加わった。


 現在1航艦の指揮下にある空母は全11隻であり、第1航空戦隊「加賀」「蒼龍」「飛龍」、第2航空戦隊「隼鷹」「飛鷹」、第3航空戦隊「鳳龍」「翔鶴」「瑞鶴」、第4航空戦隊「瑞鳳」「龍鳳」「龍驤」という編成になっている。


 搭載機数は常用606機を誇り、開戦時の1航艦よりも大幅に強化されている。


「第2次珊瑚海海戦後に伊藤少将が提唱した新戦略に基づいてラバウル航空隊の装備機は大幅に変化しています。機動部隊と基地航空隊が力を合わせれば米軍の撃退は可能だと考えます」


 小林が私見を述べた。


「・・・問題は米海軍に次々と配備が開始されているという新鋭戦艦ですな」


「うむ・・・」


 小林が問題点を指摘し山本が頷いた。開戦時には完全に航空主兵に傾倒していた山本であったが、ポートモレスビーを巡る戦いに置ける戦艦部隊の活躍を見て戦艦部隊の有用性を再認識していたのだ。


 米軍の新鋭戦艦は開戦後から既に6隻が竣工していることが確認できており、それに続く4万5000トン級戦艦の建造も未確認情報だったが存在している。米新鋭戦艦の戦力がどれくらいのものかは分からなかったが、日本海軍新鋭の「大和」「武蔵」に迫る力を持っていると予想されていた。


 日本海軍戦艦部隊は現在「伊勢」「日向」「比叡」が戦列から消えており(修理が後回しにされている)9隻態勢となっている。


 その9隻もワシントン条約以前の旧式戦艦が大半を占めており、新鋭戦艦と言えるのは46センチ搭載艦の「大和」「武蔵」のみだ。


 米海軍戦艦部隊が日本軍のそれを退けてラバウルに艦砲射撃をかけてこようというものならたまったものではない。


 小林の発言はこれらの懸念を表したものであった。


「陸軍部隊がいますよ」


 これまで沈黙を保っていた情報参謀矢野志加三中佐が口を開き、全員の視線が矢野に集中した。


 矢野は伊藤と共に日本海軍の戦略転換に関わった人物の一人であり、この1年軍令部との様々な折衝に奔走していた士官である。


「水上砲戦が生起した際には航空優勢を必ず確保する事が定められています。陸軍航空隊の力を借りればそれが可能です」


 矢野はこの5月からラバウル進出が始まる陸軍航空隊の存在に言及した。


 これまで洋上飛行能力が乏しいという理由で島嶼地域の進出に難色を示していた陸軍航空隊だったが、海軍側の粘り強い交渉によって陸軍航空部隊の進出に首を縦に振ったのだ。


 陸軍側は進出される飛行部隊の詳細を明らかにしなかったため具体的な航空機の機数は不明だったが、戦力的には頼りになるはずだった。


 これ以上水情報戦がらみの話が出てくる事はなかった。


 議論は迎撃戦に置ける航空戦術や基地航空隊の配備状況に移りつつあった。








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