第55話 夜の防人
1943年4月
「第3号電探より報告。敵との距離30海里。会敵まで5分」
第407航空隊第3中隊長を務める松山翔中尉の耳に大隊長山下俊夫少佐の声が機上レシーバー越しに聞こえてきた。
「この戦いはどうなるかね。407空装備機の『月光』は面白い機体だが」
407空は第2次珊瑚海海戦後の1943年2月にラバウルに進出した部隊であり、夜間戦闘機「月光」11型36機を装備している部隊だ。
月光は1942年に正式採用された機種であり、海軍始めての本格的な夜間戦闘機だ。20ミリ斜め機銃などの新機軸がふんだんに盛り込まれており、ラバウルの夜の空を守る戦力として期待されていた。
「あまり信用できるものではないが、この機上レシーバーというものは凄いな」
松山は「月光」の中隊長機以上に装備されている機上レシーバーについて言及した。この機上レシーバーは戦場で鹵獲されたF4Fのを模倣して(パクって)製作されたものである。
日米の基礎工業力の差から「月光」の搭載されている機上レシーバーはF4Fのそれよりも精度が低かったが、それでも機上レシーバーがあるのとないのとでは大違いだった。
このような装備を与えられた以上、必ず戦果を上げてみせる――――松山はそのような意気込みで会敵の瞬間を待っていた。
「会敵まであと1分」
(敵さんはどれくらいの高度でくる? 高度3000メートルから高度4000メートルの間くらいか?)
今回がラバウルに対しての初めての夜間空襲になるため迎撃する日本側は敵機の来襲高度を特定できていない。海岸線に設置されている電探も敵機の高度までは正確に計測できないため、ここは出たとこ勝負になる。
1分後、
月光隊の先頭で待機していた山下機が大きくバンクし敵機の来襲を知らせ、そのまま第1中隊9機を引き連れて高度を上げていく。
「よし!」
第1中隊の動きを見た松山も機体をバンクさせ、第2中隊各機についてくるように指示を出す。敵機の来襲高度は3500メートルといった所であり、機数は40機を超えているようだった。
約90秒上昇した所でB17と同高度まで機体を上昇させた松山はエンジンをフル・スロットルまで開き、月光に装備されている2基のエンジンが猛々しい方咆哮を上げる。
「目標は左梯団の先頭機!」
松山は目標を宣言し、照準器の白い環がB17の機影を捉える。
彼我の距離が詰まるにつれて漆黒の機影が急拡大し、月光を押しつぶさんばかりの迫力を醸し出す。
B17の機銃座に火焔がほとばしり12.7ミリ弾の細長い火箭が殺到してくる事はない。夜間のため敵機の射手が月光を捉えられていないのかもしれなかった。
沈黙を保っている「空の要塞」を更に肉薄にし、照準器の白い環が敵機の主翼で埋め尽くされた瞬間、松山は機銃の発射ボタンを力強く押し込んだ。
松山の頭の上から2条の真っ赤な太い火箭が噴き伸び、B17の右翼に狙い過たず突き刺さった。20ミリの大型口径を誇る月光の上向き斜め機銃が見事にB17を捉えたのだ。
B17の右翼から薄い外板が引きちぎれ、大量の金属片が空中に吹き飛んだ。
第2中隊の後続機も次々に20ミリ弾の一撃を喰らわせ、最後の1機が射撃を終えたときそのB17は大量の黒煙を噴き出しながら高度を急速に落としていった。
「使い易いな。この機銃は」
一連射を終えた松山はそのような感想を漏らした。
意欲的な装備であった斜め機銃であったが、B17迎撃には案外適した装備なのかもしれなかった。
松山は続けて2機目に狙いを定めようとしたが、その前に緊密な編隊形を維持していたB17が一斉に散開を開始した。
僚機の被弾・墜落を目撃したB17が月光隊の存在に感づき、回避運動を開始したのだろう。
同時に12.7ミリ旋回機銃の射撃も開始され、青白い火箭が右へ左へと振り回された。月光の存在に気がついたもののその正確な位置を掴むことは出来ていないため闇雲に射弾を撃ち込んでいるのだろう。
12.7ミリ弾を掻い潜りながら松山は機体をB17に接近させ、20ミリ斜め機銃が再び火を噴く。
B17は機体を左右に振って射弾の回避に努めてはいたが、その巨体が災いして全ての射弾を回避することは叶わなかった。
命中した20ミリ弾はB17の送油管を傷つけ、そこから発生した火災がたちまちB17を包み込み、空中に巨大な松明を現出させる。
松山機が撃墜に成功したB17の真横で2機のB17が相次いで火を噴いた。
第2中隊の他の機体の戦果であろう。火を噴いたB17の内1機は補助翼が消失しており、もう1機はコックピットが粉砕されていた。
コックピットを粉砕された機体が海面に激突した頃には松山は3機目となるB17に機首を向けており、放った射弾はB17の下腹に吸い込まれた。
B17の機体で小爆発が断続的に発生し、機体の制御が大きくグラつく。松山機が放った20ミリ弾はB17を撃墜に追い込む事は出来なかったものの、機体に多大なるダメージを与えたのだ。
空中戦を続けている間に空戦の戦場はラバウル上空に近づきつつあったが、まだ投弾までは距離がある。
戦果の稼ぎ時だった。
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